文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

魂の証明(その14) 論点整理

 

紀元前399年、アテナイの法廷。被告人ソクラテスは、数百人の陪審員を前に、地声を張り上げて演説を行った。多分、何らかの自己弁護を行うだろうと思っていた陪審員たちに向けて、ソクラテスは説教じみた話を始めた。陪審員たちが憤慨したであろうことは、想像に難くない。実際、「ソクラテスの弁明」の中には、次のような一節がある。

 

- 騒いで話の邪魔をしないでいただきたい、アテナイ人諸君、むしろ私が諸君にお願いしたことをよく守っていただきたい、私が何か言うなら、そのために騒いで邪魔をせず、聞いてもらいたい。-

 

罵声や野次が飛び交うカオスが、その場にはあったのだろうと思う。

 

時空を超えて、今度は1970年11月25日の自衛隊、市谷駐屯地。盾の会の隊員4名を従え、東部方面総監を拉致した三島由紀夫は、要求書を突き付けていた。三島の要求に従い、自衛隊は隊員をバルコニー前の広場に集結させた。そこで、三島は最後の演説を行ったのである。聴衆となった自衛隊員たちから、容赦のない罵声が三島に浴びせられた。上空にはマスコミのヘリコプターが飛んでいた。ここにもカオスがあった。

 

三島由紀夫 最後の演説

https://www.youtube.com/watch?v=ZLW8JbrveeI

 

2つのカオス。ソクラテス三島由紀夫。どうしても、私には似ているとしか思えないのである。

 

さて、本稿も最終段階に近づいてきた。ここで、論点を整理しておきたいと思う。それぞれの論点毎に、まず、ソクラテスプラトンの思想を述べ、次に三島の思想を述べ、最後に2025年現在の日本の状況を述べていきたいと思う。それが分かり易いだろうと思う。

 

論点1: 真理について

 

プラトンは、地上を離れたどこかに、我々が見ている物とは別に、真理があると考えた。それを彼は、イデアと呼んだ。そして、イデアに最も近接したものとして、魂があると主張した。中でも「善のイデア」を最高位に置いた。その後、哲学の世界では真善美という概念が生まれたが、その起源もプラトンにあると言われている。

 

三島は真善美と言う代わりに、「美、エロティシズム、死」を措定した。三島が考えた美は、眼に見える美、肉体の美ということもあるが、それ以上に行動の美を追求していたに違いない。エロティシズムは、エロスから出発するが、その究極的な形は天皇崇拝である。また、死とは美の完成であり、言語による限界を超越する行動を意味していたのだと思う。すると、この3つの要素は互いに関連し、最終的には行動によって、死ぬことによって完成することになる。仮に三島にとっての善が天皇崇拝にあったとするならば、それはプラトンの思想、「善のイデア」に近似すると言えよう。

 

現在の日本において、上記のようなことを主張する思想家を私は知らない。また、三島が腹を切ってから55年が経過したが、三島に続いた者はいないのではないか。かつてピュタゴラス派やストア派は、「真理とは宇宙全体を統べる根本的な原理である」と考えていた。しかし、今日の私たちは万有引力の法則を知っているし、宇宙の起源がビッグバンであるということも、知識としては持っている。現在の日本人は、最早、過去の人類が抱えていた根源的な“問い”そのものを失ってしまったのかも知れない。

 

論点2: 国家について

 

ソクラテスプラトンは、アテナイと呼ばれる規模の小さな都市国家(ポリス)に属していた。その人口は20~30万人で、そのうち参政権を持っていた成人男性は3万人程度だった。一般論からすれば、民主主義は国民の数が少ない方が機能し易い。アテナイでは有権者の1票の価値は、3万分の1。現在の日本で言えば、1億分の1しかない。また、参政権者の少ないアテナイでは、直接制民主主義が採用されていた。しかし、プラトンの民主主義に対する評価は、極めて低かった。プラトンは「国家」の中で、国家統治の在り方について、次の5種類があると述べている。ちなみに、一番上の「優秀者支配制」(哲人政治)が理想で、下に行くに従って堕落した形態だとされている。

 

1.優秀者支配制(哲人政治

2.名誉支配制

3.寡頭制

4.民主制

5.僭主性(独裁)

 

なお、プラトンが構想した哲人政治による理想的な国家は存在するのか、という問題があろう。この点、「国家」の中には、ソクラテスが次のように述べる箇所がある。

 

- それはおそらく、理想的な範型として、天上に捧げられて存在するだろう ― それを見ようと望む者、そしてそれを見ながら自分自身の内に国家を建設しようと望む者のために。-

 

三島も国家の統治形態については、深く考えていた。三島はそもそも小説家だったので、表現の自由を重視した。従って、一応、民主主義が良かろうということになる。但し、自衛隊(軍隊)は、その任務において命を掛けなければならない。その時の精神的な支柱として、天皇を置くべきだと考えていたのである。そこで、軍人に対する栄誉の付与などは、天皇の専権事項にすべきだと考えていた。つまり、一般的な政治権力とは別に、軍を統括する天皇、文化的権威としての天皇制の強化を目指していたのだと思われる。何故、そのような思想になるかと言えば、文化共同体としての国家、文化的統合の象徴としての天皇を土台に置かなければ、日本人の倫理、美学、武士道というものが成立しないからであろう。

 

現在の日本はどうかと言えば、米国や国際金融資本が推進するグローバリズムによって、国家の弱体化が進められている。最早、国家のために命を捧げようなどと考える日本人は、極めて少数であろう。

 

論点3: 自由について

 

ソクラテスの時代においても、多くの戦争が勃発していた。戦争の目的は、覇権争い、領土と奴隷の獲得などであった。敗戦国の市民は、戦勝国の市民の奴隷となった訳だ。身近に多くの奴隷がいる環境下にあって、ソクラテスプラトンが自由について、考えなかったはずがない。彼らにとって自由とは、他の何ものによっても支配されないことだった。「国家」の中でソクラテスは魂に関して、次のように述べる。

 

- 魂には、およそ他の何ものによっても果たせないような<はたらき>が、何かあるのっではないか。たとえば次のようなこと ― 配慮すること、支配すること、思案すること、およびこれに類することすべてがそうだ。-

 

ソクラテスにとって「魂への配慮」とは、言い換えるならば、自己を統治せよ、自由を希求せよ、奴隷になるな、ということだったのではないか。こうして、「主体」が哲学上の課題として浮上したのだろう。

 

三島の場合、少し逆説的ではあるが、自由を求めていたことに変わりはない。山本常朝の「葉隠」について、三島は次のように述べている。

 

- (前略)だから今日のわれわれには、これを理想国の物語と読むことが可能なのである。私にも、もしこの理想国が完全に実現されれば、そこの住人は、現代のわれわれよりも、はるかに幸福で自由だということが、ほぼ確実に思われる。-

 

戦時中、天皇制は政治利用され、多くの若者たちを戦地へと駆り出す思想統制の手段となっていた。三島が言っているのはそのような政治利用とは正反対のもので、自らの自由意思に基づいて天皇を崇拝し、究極的には、天皇のために死ぬ、自らの死をも自由にコントロールしようと企んだのだと思う。

 

論点4: 死について

 

プラトンの前期の作品である「ソクラテスの弁明」などにおいて、死は、恐れるに足りないものだという主張が目立つ。便宜上、これを消極的な死の肯定だと言っておこう。ところが、「パイドン」など中期の作品になると、むしろ死を積極的に肯定しているように見える。その理由は、プラトンイデア論に立脚し始めたからだと思われる。プラトンは、身体と魂を分離せよと述べる訳だが、その究極の形は死をおいて他にない。そして、身体から分離された魂こそが、イデアに到達するのである。

 

三島の思想も、死を積極的に肯定している。その背景には、「葉隠」がある。「葉隠」は、生きるべきか死ぬべきか迷った時には、「早く死ぬはうに片付くばかりなり」と主張する。そうすれば、自ずからその死に徳が宿るのである。

 

現在の日本においては、死について語ること自体がタブー死されている。自殺を誘発してはならないという、一応、もっともらしい理由が重要視されている訳だ。しかし、生とは死によって担保されているもので、死とは生が必ず到達する帰結でもある。より良い生を考えるためにも、死を避けて通るべきではない。また、安楽死の問題もあるが、日本においてこの論議は、一向に深まる気配がない。

 

以上、4つの論点(真理、国家、自由、死)を挙げて検討してみた訳だが、こうしてみると現在の日本と日本人が、ソクラテスや三島の理想といかに掛け離れているか、ご理解いただけたと思う。なお、上記の通りソクラテスと三島の思想は通底していると思われるが、相違点もある。その点については、次回の原稿で述べてみたい。

 

 

魂の証明(その13) 内発的な規範力

 

最近の私の読書の傾向としては、ソクラテスからプラトンへ行き、ストア派に行き着いたのである。その次となると、キリスト教になる訳だ。この時代に焦点を当てたのはフーコーで、その著作は「性の歴史」という4分冊の大作である。私は既に最初の3冊は読んでいるが、4冊目の「肉の告白」は読んでいなかった。かつて、読み始めたことはあったのだが、早々に挫折したのである。しかし、「性の歴史」は本棚の比較的目立つ所に並べてあって、それを目にする度に、「ああ、4冊目はまだ読んでいないなあ」と思い続けてきたのである。まるでやり残した宿題を見るような気分になる。

 

今回、これを契機に「肉の告白」を読もうと思いたち、実際に読み通したのであるが、結論から言えば、嫌な気分しか残らなかったのだ。

 

「肉の告白」に大体、どんなことが書いてあるかと言うと、ストア派の哲学の影響を受けつつ、初期のキリスト教の研究者たちが、特に人間の性の問題をどのように考えてきたのか、その経緯が克明に記されているのだ。処女・童貞性がどうだとか、結婚がどうだとか、そういうことを延々と述べているのである。フーコーの主眼としては、そのようなキリスト教思想が欧州人の主体の確立にどう影響しているのか、という点にある。しかし、私は日本人だし、キリスト教徒でもない。そのような問題が何故、重要なのか分からない。あまりの長さ、論理の緻密さに閉口すると共に、そもそもキリスト教の教義や、そのよって立つ基盤となる旧約聖書に嫌気が差したのである。

 

天地創造の物語があり、まずアダムが登場する。神はアダムの肋骨からイブを作る。肋骨は人間の頭よりも下にあるので、女は男よりも劣ることになる。2人は、蛇にそそのかされて、食べてはいけないと言われていた知恵の実を口にする。これが原罪の論拠となる。そして、哲学の影響もあり、セックスは悪いことだと考えられる。許されるのは、結婚を前提とし、子作りを目的として行われるセックスだけだという。夫婦間の子作りを目的としたセックスは、天地を創造した神の意志に即しているから許される。また、処女性は尊重され、処女はキリストの婚約者なのである。

 

キリスト教は、どこまでも個人の内面に入り込もうとする。マインド・コントロールだと言えよう。まず、キリスト教徒になって神のご加護を受けるためには、洗礼を受けなければならない。これは今後、全ての戒律を守りますという約束のことである。その後、戒律などを破った場合には、懺悔をしなければならない。自らの過ちを自分の口で言わせる訳だ。これが本のタイトルにある「肉の告白」の意味である。キリスト教徒にプライバシーはない。

 

戒律は、エスカレートする。人間の魂には、サタンが入り込んでいる。従って、自分の頭では、何も考えてはいけない。全ては神にお任せしなければならない。具体的には、指導者の命令に絶対服従せよ、ということになる。ここに及んでキリスト教は、「自らの魂に配慮せよ」というソクラテスの思想とは、正反対のことを主張するに至る。それって、人間の奴隷化ではないのか?

 

このような反自然、反ヒューマニズムの宗教が世界を席巻した西洋の歴史は、悲惨だと言う他はない。但し、このような非人間的な文明に対する反動もあって、それが例えば14世紀のイタリアで勃興したルネッサンスである。その際には、ギリシャ文明が大いに再評価されたのである。また、熱心なキリスト者であったジョン・ロックは人権思想を説いた訳だが、これはキリスト教の内部から生まれた抵抗だったに違いない。

 

そこで、キリスト教文明に対するアンチテーゼとしてのギリシャ文明、理想的な文明の1つのモデルとしてのギリシャ文明、という見方ができる。では、良い文明と悪い文明の線引きはどこにあるのだろう。1つには、上に記したような個々人を統治する規範力の問題がある。

 

ストア派の哲学者は、「自己への配慮」ということを述べた。これはソクラテスの主張と似ている。簡単に言うと、自分という人間の内面には、様々な欲望や感情がある。例えば、酒を飲みたいとか、沢山食べたい、朝寝坊をしたい、不倫をしたいなど。しかし、無限にそのようなことをしていれば、健康を害したり、家族関係を壊したりしてしまう。そこで、自分の中の意志だとか、理性と呼ばれる心の働きに注目せざるを得なくなる。その意思や理性の力によって、すなわち自分の力で自分を統治すること。それが「自己への配慮」ということだろう。

 

そして、もう少し複雑な話になるが、主体(個人)と国家の問題がある。例えば、無人島に1人の男が漂着したとして、そこで彼は暮らし始めたとしよう。すると彼にとって、正義とか倫理という問題は生じない訳だ。正義だとか倫理という問題は、人間が集団の中で暮らすから発生するのだ。

 

例えば、プラトンはその著作「国家」の中で、正義について次のように述べている。

 

- 金儲けを仕事とする種族、補助者の種族、守護者の種族が国家においてそれぞれ自己本来の仕事を守って行う場合、このような本務への専心は、さきとは反対のものであるから、<正義>にほかならないことになり、国家を<正しい>国家たらしめるものであることになる。-

 

例えば、音楽家は音楽の専門知識を持って、楽器を演奏している。靴職人にも、独自の技術がある。従って、音楽家が靴を作るよりも、靴職人が靴を作った方が良いものができるし、経済効率も良いことになる。それは国家にとっての利益となるのだから、個々人は自らの役割に専念すべきであって、そうすることが正義だ、という主張である。

 

正義と言うからには利他性に関わる議論などが出てきそうなものだが、プラトンは上記の結論に達したのである。いずれにせよ、国家(集団)というものを視野に入れなければ、正義も倫理も成り立たないのだ。

 

この問題に対処するため、やがて法律が生まれる。宗教が個人の内心を拘束するのに対して、原則的に法律は、行為の外形を規制する。制限速度40キロのところを60キロで走行すれば、スピード違反をしようとする意図があろうがなかろうが、罰せられる。反対に、心の中で人を殺したり、よからぬことを妄想したりしたとしても、法律によって罰っせられることはない。但し、例外的に、殺す意思をもって人を殺した場合は殺人罪となり、傷つけるつもりで殺してしまった場合には、傷害致死罪になるという区分はある。

 

このように考えると規範には、人間の内心を拘束するものと行為の外形を拘束するもののあることが分かる。もう1つの区分として、その規範が外部の力によるものと、自分自身の、すなわち自発的なものがあることになる。

 

三島由紀夫が傾倒していた「葉隠」はどうだろう。これは、人間の内心を、自発的に拘束するもので、ソクラテスストア派の主張と同じだ。私が何を言いたいのかというと、それは、ソクラテスプラトンの思想と、三島の思想が似ているということだ。もっと言えば、三島の死とソクラテスの死には、多くの共通点があるということなのだ。そして、何故そのような類似が生まれたのかと言えば、それは三島の思想が古代志向だったからなのである。

 

魂の証明(その12) 文化と知性

 

古代ギリシャについて調べていると、文明の起源のようなものが見えてくる。簡単にその経緯を記してみたい。

 

最も古い文明の足跡は、輪廻転生という世界観と神話にあるようだ。これらは宗教が生まれる遥か以前から存在していた。

 

例えば、爺さんが死んだとする。ある日、突然、爺さんが動かなくなる。現代人であれば、心配停止だとか、脳死などの概念により、死を理解することができる。しかし古代人は、そうはいかない。何故、爺さんは動かなくなったのか。動いていた爺さんにはあって、死んだ爺さんは失ってしまった何かがあるはずだと考えた。そこで、魂というものが措定されることになる。生命とは、身体と魂によって構成されており、死とは身体から魂が離脱することを意味する。すると魂はどこかへ行く訳だが、そこで概念上、あの世だとか、天上の世界というものが想像される。そこで何らかの審判を受け、この世で良い人間であった場合には褒美が、悪い人間であった場合には罰則が与えられる。そして、魂は再び地上に舞い降り、誰かの身体に憑依する。これが世界的に流布していた古代人の世界観だった訳だ。

 

ソクラテスプラトンが、身体と魂を分離せよとか、魂に配慮せよと述べていたのは、1度限りの生命である身体よりも、不死の魂の方が重要だという意味を含んでいたのだと思う。

 

この輪廻転生という世界観は、人間が文字を持つ以前から口頭で伝承されていたもので、いつ発生したのかは、分からないらしい。

 

次に神話だが、こちらも文字以前に発生したもので、その発生時期を特定することはできない。但し、紀元前8世紀にホメロスという吟遊詩人が書いた「イリアス」という神話が残っており、これが世界最古の文学だと言われている。

 

ここに私は、神の正体を見る思いがするのだ。神の正体とは、言葉なのだ。そして、文学が最初に行った仕事とは、神を生み出すことだったのである。このように考えると、文学の重みが分かる。文学が神を生み、神を信仰する人間によって社会が統治され、時に戦争を繰り広げ、人類の歴史を作ってきたのである。

 

別の観点から言えば、言葉によって神を生み出した瞬間とは、それは人間が知性を手に入れた瞬間でもあった。そしてそれは、人間が文化を紡ぎ始めた瞬間でもあったはずだ。つまり起源まで遡ると、知性と文化とは同じ根を持っていたことになる。

 

輪廻転生と神話。どちらが先だったのかは、未だに分からない。しかしこの2つが、ソクラテスプラトンが生きた時代の思想的な基盤をなしていたのである。

 

少し、主要な思想家を順番に見ていきたい。

 

〇 ピュタゴラス派(ピタゴラス 前570年頃~前495年)

 ソクラテス以前に、ピュタゴラス派と呼ばれる思想家集団があった。代表者は、ピタゴラスである。彼らは哲学と言うよりも、数学、天文学、音楽などを研究対象にしていた。後にプラトンは教育理論の中で、これらを教えるべきだと述べている。

 

〇 ソクラテス(前470年頃~前399年)

 哲学の始祖。お金や名誉のことばかり気にせず、人間の英知や真理、そして魂について配慮せよ、と主張した。ソクラテスの主要な主張は、この「魂に配慮せよ」という点と「不知の自覚」にある。「不知の自覚」とは、人間は死後のことについては分からない。それは「人間に許された知恵」の範囲外にある。分からないことを恐れるのは、論理矛盾だ。従って、死を恐れてはならない、という文脈で語られる。要約すると、ソクラテスの主張の本質は、この世におけるお金や名誉のことばかり気にかけるな、死を恐れるな、英知を目指せ、ということだと思う。対話に終始し、著作は残さなかった。

 

〇 プラトン(前427年~前347年)

 ソクラテスの弟子。ソクラテスを登場人物とする対話篇の著作を多数残した。代表作は「国家」。身体の死後、魂はイデアに触れると説いた。イデアとは真理のことで、人間が魂への配慮を続けると、魂はかつて触れ合っていた真理を思い起こす、と説いた。イデア論プラトンのオリジナルで、師匠であるソクラテスの哲学(魂への配慮)を補完している。イデア論は輪廻転生という世界観に基礎を置き、そこに真理(イデア)との接触を加味した思想。「洞窟の比喩」などにおいて、認識論の先駆けとなる。

 

〇 アリストテレス(前384年~前322年)

 プラトンの弟子。アレクサンドロス大王(ポリスを解体した)の家庭教師を務める。師匠であるプラトンの哲学に対立し、イデア論を否定する。現実変革を志す情熱に満ちたプラトンに対し、アリストテレスの思想は静かな諦念であったとする説もある。

 

〇 エピクロス(前341年~前270年)

 少数の富裕大地主の出現に対し、莫大な数の奴隷が発生し、失業者はギリシャ世界を放浪する武装集団になった。これが古典ギリシャにおけるポリス社会崩壊の末路である。エピクロスは、このような乱世の只中を生きた。原子論を基軸とした宇宙観を展開。全宇宙のすべての存在者の究極の構成要素は、物質と空虚であり、それ以外には何もない、と説いた。後世の存在論や物質主義に影響を及ぼした。

 

〇 ストア派(前300年~後100年)

 400年以上に渡って続いた学派である。始祖であるゼノンは、いわゆる世間的な価値、富、名声、社会的地位、容姿などを真の幸福には無関係なものとして蔑視し、ただ、自然に従って生きること、若しくは、有徳であることのみを幸福の要件とした。ソクラテスを始祖として尊敬していた。ストア派の後期は、ローマ帝国時代に及び、その時代の哲学者としてセネカなどがいる。

 

〇 クレメンス(後150年頃~215年頃)

 青年期に別の宗教からキリスト教へ改宗した。プラトンストア派の哲学に詳しく、それらに基づくキリスト教の教義を広めた。

 

この時代の経緯を振り返ると、まず、輪廻転生と神話があり、そこから文化と知性の萌芽が生まれる。厳しい時代環境の中にあって、様々な哲学者や文学者の試行錯誤を経て、その萌芽は数学、天文学、宗教などへと分岐していく訳だ。そこに哲学が果たした役割は、大きい。例えば、ギリシャ哲学をベースとして、ローマ法という法体系が生まれ、それが今日の大陸法(ドイツ法、フランス法、日本法など)や英米法の基礎をなしている。また、反権力としての哲学が、権力を生み出す宗教の成立に一役買っていたというのは、私にとっては驚きである。多分、長い時間の経過と共に宗教が堕落し、哲学から離れていったのではないか。

 

文化と知性の違いについても、見えてくるものがある。文化とは、既存の何かを守り続けることである。それは多くの人々の営為によって、長い時間をかけて、地域や民族に浸透していくものだ。だから文化とは、防衛するものであって、作り出すものではない。他方、知性とは、新しい何かを発見し、又は発明することに主眼が置かれている。これは1人の天才によってもなし得る。例えば、コペルニクスの地動説、ダーウィンの進化論、アインシュタイン相対性理論などが、人間の知性を飛躍させてきたのである。

 

文化と知性は同根である訳だが、同じ場所に立ち止まろうとする文化から、知性の方は足早に立ち去ろうとしてきたように思う。そして、今日の文明において、両者は激しく対立しているに違いない。文化の中核をなすのは相変わらず言葉で、これは精神主義的だと言えよう。他方、知性の方はもっぱら物質にその主眼を置くようになり、物質主義的だと言える。文化vs知性。精神主義vs物質主義。言葉vs物。これが現代文明における、最大の対立軸ではないか。

 

魂の証明(その11) 神の階梯

 

三島由紀夫の小説、「英霊の声」を読みながら、私の背筋はゾクゾクと寒くなった。話は、語り手が木村先生の主催する帰神(かむがかり)の会に出席するところから始まる。ここで行われる方式は、一般の神がかりとは異なり、他感法と呼ばれるもので、石笛(いわぶえ)を吹く審神者(さにわ)と霊媒たる神主の2名によって執り行われる。審神者(さにわ)は木村先生が、そして霊媒は川崎君と呼ばれる23才の盲目の青年が務める。

 

いよいよ儀式が始まると、霊媒たる川崎君の様子が一変し、彼に霊魂が乗り移る。霊魂は川崎君の口を借りて、長い物語を話し始める。やがて、その霊魂が2・26事件で命を絶った青年将校たちのものであることが分かる。青年将校たちが去った後、別の霊魂が川崎君に憑依する。彼らは、神風特攻隊として南海に散った若き兵士たちである。彼らが川崎君の口を借りて語った物語の中に、次のような一節がある。

 

- しかしわれら自身が神秘であり、われら自身が生ける神であるならば、陛下こそ神であらねばならぬ。神の階梯のいと高いところに、神としての陛下が輝いてゐてくださらなくてはならぬ。そこにわれらの不滅の根源があり、われらの死の栄光の根源があり、われらと歴史をつなぐ唯(ただ)一条の糸があるからだ。-

 

この霊魂が不満に思っているのは、天皇人間宣言である。本来、神としての天皇がいて、その天皇に一体化するからこそ、天皇に忠義を誓い死んでいった者の魂が救われるのに、その天皇人間宣言を出してしまっては、一体、どうして死者の霊魂が救われようか、と述べている訳だ。人間宣言の問題は置くとして、この記述から三島の思想の根底が覗き見える。

 

つまり、この世の地上と天空の間に長い階梯(かいてい:はしごの意)がある。天皇や国家のために自ら命を投げ打った場合、その者の魂は、天皇と一体化するのである。そして天皇は、即位の際に執り行われる大嘗祭(だいじょうさい)によって、日本の最高位の神である天照大神アマテラスオオミカミ)と直結する。つまり、忠を尽くして死んだ者(忠臣)の魂は、神と一体化するのである。これが三島の世界観であり、美学でもある。

 

天照大神 - 天皇 - 忠臣

 

ここで三島はいみじくも階梯という言葉を用いているが、これはプラトンの「美の梯子」に似ている。古代ギリシャにおける最高神は、ゼウスだった。そして、神の言葉を人間に伝える役割を担っていたのが、精霊(ダイモン)や巫女だった。幼い頃から精霊の言葉を聞いていたのがソクラテスで、その弟子がいて、弟子の中の1人がプラトンだった訳だ。

 

ゼウス/イデア - 精霊/巫女 - ソクラテス - 弟子/プラトン

 

ソクラテスに弟子がいたように、三島を取り巻く若者もいた。1人は、絶世の美少年だった美輪明宏だろう。その後、三島は楯の会を結成し、若者を集めた。その中で学生長をしていたのが、森田必勝である。森田は太平洋戦争の末期に生まれた。そして、戦争の必勝を願って、両親が必勝(まさかつ)と命名したらしい。森田は三島を介錯した後、自らも腹を切った。「手記 三島由紀夫様 私は森田必勝の恋人でした」という本があって、これは涙なくして読めない。

 

天照大神 - 天皇 - 三島 - 森田

 

そんなお伽話のような、と思う人が多いことと思う。まさか、そんなことを三島が本気で考えていたのか、と疑問に思う人もいるだろう。しかし私は、三島は本気だったと思う。別の見方をしてみよう。私たちの文明は行き詰まっている。政治は腐敗し、人々は堕落した。グローバリズムという美名の下に、今、日本という国家自体が存亡の危機にある。三島が想定していた国家とは、憲法とか、国境とか、国連とか、そういう近代主義的な要素に基づくものではない。三島が考えた国家とは、文化共同体のことである。そこには歴史があり、歴史が育んだ文化がある。文化の中で人々は育成され、文化の中で倫理と美が醸成されるのだ。これが、三島の措定した文明のグランドデザインではないか。

 

 

魂の証明(その10) 美、エロティシズム、死

 

哲学の世界では、人間が目指すべき究極のものを真善美であると考えてきた。それはプラトンから始まり、約2000年後のカント以降まで続いている。人間には目指すべきものがある。しかもそれは、究極の何かなのだ。そう考えたのは、三島由紀夫も同じだろう。但し彼はそれらを美、エロティシズム、死の3つであると述べた。このことは、三島の肉声が今もYouTubeに記録されている。

 

今日、11月25日は三島の命日でもあり、この問題を考えてみたい。

 

まず、美について。美とは何か。これを端的に定義づけることは難しいし、三島がどのように定義していたのか、その直接的な説明を私は読んだことがない。従って、この問題は私自身が考える他はないのだ。

 

例えば、美は存在しない、と考えることも可能だ。世界には、多種多様な事物や現象があるばかりで、それらに特段の意味はない。但し、多種多様な事物や現象のうち、いくつかのものに対して、人間は美しいと感じる。そうだとすると、美とは人間の感性が生み出すものだと言える。または、人間の感性の中にこそ、美の本質が内包されていると言えないか。

 

別の考え方もある。今度は、美の種類を考えてみよう。まず、眼に見える美がある。それは大自然であったり、女性の裸体だったりする訳だ。また、耳で聞くことのできる美もある。鳥のさえずりや音楽などがこれに当たる。それらとは別に、言葉によって表現される美というものもあるだろう。それは素朴な少女が発した彼女の内心を表わすものとか、言葉そのものの美しさや、詩や小説によって表現される美のことである。最後に、人間の行動に伴う美というものもある。私たちは誰かの利他的な行動に触れると、そこに美を感じるものだ。

 

さて、これで少なくとも4種類の美のあることが分かった。では、これらの美の中で、最も信頼できるものはどれだろう。時間がたてば、花は散るし、女性は年老いる。言葉の美と言っても、そもそも小説家などという連中は、皆、大嘘つきなのである。すると、行動によって表される美が、最も信頼できる美だということにならないか。三島は、そう考えていたのだと思う。

 

次は、エロティシズムだ。私にとっては、これが最大の難問だったのだが、幸い、三島が本音を述べていると思われる文章を見つけることができた。「葉隠入門」の中の「『葉隠』 四十八の精髄」という箇所から、引用する。

 

- 第二に「葉隠」は、また恋愛哲学である。恋愛という観念については、日本人は特殊な伝統を経、特殊な恋愛観念を育ててきた。日本には恋はあったが愛はなかった。西欧ではギリシャ時代にすでにエロース(愛)とアガペー(神の愛)が分けられ、エロースは肉欲的観念から発して、徐々に肉欲を脱してイデアの世界に参入するところのプラトンの哲学に完成を見いだした。一方アガペーは、まったく肉欲と断絶したところの精神的な愛であって、これは後にキリスト教の愛として採用されたものである。従って、ヨーロッパの恋愛理念にはアガペーとエロースが、いつも対立概念としてとらえられていた。ヨーロッパ中世騎士道における女性崇拝には、マリア信仰がその基礎にあったが、同時に、そこにはエロースから断絶されたところのアガペーが強く求められていた。

 ヨーロッパ近代理念における愛国心も、すべてアガペーに源泉を持っているといってよい。しかし日本では極端にいうと国を愛するということはないのである。女を愛するということはないのである。日本人本来の精神構造の中においては、エロースとアガペーは一直線につながっている。もし女あるいは若衆に対する愛が、純一無垢なものになるときは、それは主君に対する忠と何ら変わりはない。このようにエロースとアガペーを峻別しないところの恋愛観念は、幕末には「恋闕(れんけつ)の情」という名で呼ばれて、天皇崇拝の感情的基盤をなした。いまや、戦前的天皇制は崩壊したが、日本人の精神構造の中にある恋愛観念は、かならずしも崩壊しているとはいえない。それは、もっとも官能的な誠実さから発したものが、自分の命を捨ててもつくすべき理想に一直線につながるという確信である。-

 

誠に驚くべき分析である。上記の引用箇所に「エロティシズム」という言葉は含まれていないが、私は、この箇所を読んだ瞬間、ああ、これが三島の言っているエロティシズムのことなのだと思った。

 

三島は、エロティシズムを単なるセックスの対極に置いていた。単なるセックスを動物的で低俗なものとし、対するエロティシズムの方を究極的で、純粋な精神の形態と位置付けていたのである。そして、そのエネルギーは天皇崇拝にまで結びつく訳だ。このようにしてエロティシズムは、国家、政治、天皇制と深く関わることになる。三島が自決の直前にバルコニーにおいて「天皇陛下万歳」と三唱した理由が、ここにある。

 

なお、引用箇所における「プラトンの哲学に完成を見いだした」とあるのは、プラトンの「饗宴」に記されたエロスの道(美の梯子)のことを差している。これは本稿の(その3)で取り上げたので、ここでは繰り返さない。いずれにせよ、三島がプラトンのみならずギリシャ哲学全般に精通していたことには、疑いの余地がない。

 

さて、残るのは「死」の問題である。

 

まず、死は善いものか、悪いものかという議論があった。古代ギリシャにおいては、その彫刻に代表されるような筋肉美が称賛されていた。反対に、老いること、死ぬことは忌み嫌われていたのである。そのような環境下にあったからこそ、ソクラテスの「死のことを何も知らないのに、恐れるのはおかしい」(ソクラテスの弁明)という主張は、当時の人々にとっては、驚くべきものだったのだ。なお、三島は川端康成に宛てた手紙の中で、自分が死ぬことは全く恐ろしくない、と述べている。

 

次に、死は回避すべきものか、目指すべきものか、という問題がある。この点、現代の日本では執拗なまでに回避すべきだという洗脳が行われているように思う。しかし、葉隠においては、死とは目指すべきものだ、との主張が繰り広げられる。こんな話が、葉隠の中で紹介されていたのを覚えている。ある若者が、殿様に仕えていた。ある日、その殿様が住んでいた城が、火事になった。幸い、殿様も家来たちも無事だったが、殿様はある宝物を持ち出せなかったことを残念がった。すると、その若者が何の躊躇もなく、燃え盛る炎の中に飛び込んだのである。鎮火した後、皆で調べてみるとその若者の丸まった焼死体が発見された。死体を開いてみると、腹のあたりに殿様の宝物が無事で発見された。この逸話からどのような原則が導かれるかと言うと、この若者のようにりっぱな死に方をするチャンスは、人生の中で、多くはない。従って、そのチャンスを逃してはならない、ということ。このことを葉隠は、「その時が只今、只今がその時」と表現している。

 

少し、プラトンの作品「パイドン」について述べよう。ちなみに三島は、決起の6日前に投函した作家、村上一郎に宛てた手紙の中で「『パイドン』を読んでいる」と述べている。実は、「パイドン」の中にも、死を肯定するような記述がある。

 

- もし、私たちがなにかを清浄に知ろうとするならば、肉体から切り離されるべきであり、魂それ自体によって物事それ自体を観なければならない。そしてその時に、どうやら、私たちが求め、それを恋する者であると主張するその境地、つまり<叡智>が私たちのものとなるだろう。-

 

魂が肉体と切り離されるとは、すなわち死ぬことである。死に至らなければ、叡智を得ることができない、と述べている訳だ。また、「パイドン」には、「死の練習」についての記載もある。

 

- 魂の肉体からの解放と分離こそ、知を愛し求める哲学者が練習してきたことなのだ。-

 

実はこの「死の練習」については、葉隠にも同様の記載がある。

 

- (毎朝、まえもって死んでおけ)必死の思いは、日々あらたにするよう努むべきである。朝ごとに身心をしずめ(中略)死にざま、末期のことを考え、毎朝、ゆるみなく、死んでおくべきである。-

 

言ってみれば、死のイメージ・トレーニングをしておけ、ということだろう。このようにソクラテスプラトン、山本常朝(葉隠の著者)らと三島の思想には、共通点が少なくない。

 

いつもの「配置図」を再掲する。

 

 

この図において私が思うのは、文学で到達できるのは「魂」までだということ。そこに文学の、言葉の限界がある。そこから先の真善美、エロティシズム、叡智のレベルまで飛翔するためには、死んで見せなければならないのではないか。細部において相違はあるものの、この点において、「パイドン」に描かれたソクラテスの死と三島の死は、深いところでつながっているに違いない。

 

 

魂の証明(その9) 輪廻思想の起源

 

前回の原稿で、私は、輪廻転生について東洋では仏陀が、西洋ではプラトンがこれを説き、両者の間に伝播はなかった。「不思議なこともあるものだ」と述べたが、どうやらこの理解は誤りだったらしい。訂正すると共に、お詫び申し上げます。

 

西洋の方を先に述べると、この輪廻転生という考え方は、プラトンよりも先にピタゴラス(紀元前6世紀頃)が同じようなことを述べていたのである。

 

- (前略)ピタゴラスは、魂が神的な起源をもつ不死なる自己同一者であること、犯した罪のために肉体という墓の中に落ちていること、この世にある間の全活動に対する倫理的責任を負うこと、やがてあの世で審判処罰があること、その償いは他の諸生物への輪廻転生により果たされること、あらゆる肉体的情欲から決定的に浄化された魂が初めてその神的な起源へ帰還できること、などを説いた、と考えられる。このような思想は、元々は、ユーラシア大陸に広く分布するシャーマニズムに由来すると思われる(後略)-

 

(参考文献: ギリシャ思想入門/東京大学出版会岩田靖夫/2012)

 

上記の引用箇所を読むと、それはプラトンの「国家」の末尾で語られるエルの物語と近似している。これはエルという人の臨死体験に基づくもので、ある場所で魂に対する審判、罰則、次の生命への割り当てなどが行われる。

 

シャーマニズムがあって、それがピタゴラス派によって醸成され、ソクラテスプラトンに伝承されたと見て良いだろう。

 

シャーマニズムに関する私の理解は、次の通りである。シャーマニズムの構成要素としては、神話、呪術、祭祀の3つを挙げることができる。当初はシベリア付近で確認されたが、その後、世界的な広がりのあることが判明した。

 

なお、かつてのアイヌ文化もシャーマニズムであった。そこには多くの神話があり、呪術や祭祀の習慣を見て取ることができる。ここで興味深いのは、プラトンイデア論は、我々が現実に見ているものは、イデアの不完全なコピーだとするものだが、これはアイヌ文化におけるカムイという概念に似ている。カムイとは神のことだが、アイヌの人々は熊には熊の、鳥には鳥のカムイがいて、そちらが真実だと考えていた。

 

次に、東洋の方を考えてみよう。輪廻転生という考え方は、仏陀より前から存在したのだ。仏陀、すなわち仏教の前にインドにはバラモン教があった。そしてバラモン教は、既に輪廻転生に近い思想を持っていた。仏陀は、輪廻転生から解脱すべきだという思想を、付加したに過ぎない。バラモン教から更に遡ると、そこにはシャーマニズムがあったに違いない。

 

このように見てくると、まずシャーマニズムがあって、そこから哲学、宗教、科学へと分岐したことが分かるが、その線引きは曖昧だと言わざるを得ない。例えばピタゴラスは数字にこだわり、音楽理論を研究していた。ピタゴラスはシャーマン的であり、哲学者風であり、数字にこだわり、教祖のようでもあった。哲学の始祖はピタゴラスであるとする説もあるようだが、ソクラテスであるとする説の方が一般的らしい。

 

シャーマニズムまで遡ると、東洋も西洋もない。アフリカやその他の地域まで含めて、地球規模で、人類の営みの本質は、みな同じなのである。そして、誰か特別な人がこれを発展させた訳でもないことが分かる。哲学者も科学者も宗教家も、前の世代から受け継いだものに対し、少しだけ何かを付加したり、差し引いたりしてきたのではないだろうか。

 

魂の証明(その8) 哲学の目的

 

そもそも、哲学なんてものに興味を持っている人は、どれ位いるだろう。100人に1人もいないのではないか。哲学は金にならないし、そもそも哲学の勉強などしなくとも、日常生活は一向に困らないのである。むしろ、友人に哲学の話などしようものなら、嫌われるか、疎まれるのが関の山である。

 

しかし、哲学には目的と言うか、目標と言うか、役割のようなものが、少なくとも1つはある。それは・・・

 

死の恐怖を克服すること

 

・・・だと思う。

 

人間、誰しも多くの恐怖を抱えている。そして、その最大のものは、死ではないか。死の恐怖から解放されれば、人は隷従から解き放たれ、自由を獲得し、幸福に生きることができるに違いない。

 

まずは、「ソクラテスの弁明」から。

 

- (前略)死を恐れるということは、諸君、知者でないのに、知者だと思うことにほかならないからである。それは知っていないことを知っていると思うことであるから。というのは誰も死が、人間にとって、もしかしてすべての善のうちで最大のものであるのではないか、それさえも知っていないのに、それが悪のうちで最大のものであるということをよく知っているかのように恐れるからである。けれどもどうしてそれがあの最も非難すべき無知、つまり、知っていないことを知っていると思う、無知でないことがあろうか。-

 

生きている人間の中で、死んだことのある者はいない。従って、誰も死のことを知らないのだ。知らないことを恐れるというのは、論理矛盾であるとソクラテスは指摘している。ちなみに「ソクラテスの弁明」は、プラトンの初期の作品である。これが中期の「パイドン」になると、次のように変化する。

 

ソクラテス・・・よろしい。では、<死>を受け入れないようなものを、私たちは何と呼ぶだろう。

ケベス・・・不死です。

ソクラテス・・・従って、魂は<死>を受け入れないのだ。

ケベス・・・はい、受け入れません。

ソクラテス・・・従って、魂は不死である。

 

この場面において、ソクラテスは魂が不死であると明言している。これはプラトンイデア論に基づくもので、人間の死とは身体の死ではあるが、魂はそこからイデア界に向かい、再び、人間の身体に付着するという考え方である。魂が不死なので、人間は死を恐れる必要がないのだ。実際、ソクラテスは死を恐れず、静かに毒杯を飲み干し、死を迎えた。

 

イデア論は、大きなスケールを持っている。そこには人間の宿命としての死、人間が目指すべき真善美(プラトンは善のイデアを最高峰のものとして位置付けた)、人間が真善美(イデア)に接近するための媒介としての魂。プラトンは、ソクラテスの静かな死を描くためにイデア論を構築したのではないか、とさえ思えてくる。

 

次に、セネカの思想を紹介しよう。セネカ(紀元前4年頃~紀元65年)は、古代ローマにおけるストア派の哲学者である。セネカは暴君として有名な皇帝ネロに仕えた。ネロの幼少期には教育係を務め、最後には皇帝暗殺計画の共謀容疑を掛けられ、ネロから自殺を命じられ、自ら命を絶った。

 

当時は、皇帝が政敵に対し自殺を命じ、従わなければ処刑した上で財産を没収するということが頻繁に行われていた。セネカ自身、そのような理不尽な死を繰り返し見ていたという事情がある。

 

<参考文献>

死ぬときに後悔しない方法/セネカ文響社/2020

 

- 徳に欠けた生き方をするくらいなら、死を選ぶ方がよい-

 

- いかにして死すべきかを心得た者とは、人に服従する「奴隷の心」を捨て去り、あらゆる権力の支配を超えた、高みにいる者である。-

 

- 死んだ後は、生まれる前と同じなのである。-

 

- 死とは、あらゆる苦しみからの解放であり、この世の不幸がそこで途切れる終着点なのだ。-

 

- 大切なのは、よく生きることであり、長く生きることではない。-

 

- プラトンの対話篇「パイドン」には、ソクラテスの死が克明に記されているが、死の間際にも平常心を失わなかったこの哲学者のことを、セネカは非常に高く評価していた。-

 

最後に「葉隠入門」から、三島由紀夫の言葉を抜粋する。

 

<参考文献>

葉隠入門/三島由紀夫新潮文庫/1983

 

- これは自由を説いた書物なのである。-

 

- だから今日のわれわれには、これ(葉隠)を理想国の物語と読むことが可能なのである。私にも、もしこの理想国が完全に実現されれば、そこの住人は、現代のわれわれよりも、はるかに幸福で自由だということが、ほぼ確実に思われる。-