文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

2025-01-01から1年間の記事一覧

魂の証明(その13) 内発的な規範力

最近の私の読書の傾向としては、ソクラテスからプラトンへ行き、ストア派に行き着いたのである。その次となると、キリスト教になる訳だ。この時代に焦点を当てたのはフーコーで、その著作は「性の歴史」という4分冊の大作である。私は既に最初の3冊は読ん…

魂の証明(その12) 文化と知性

古代ギリシャについて調べていると、文明の起源のようなものが見えてくる。簡単にその経緯を記してみたい。 最も古い文明の足跡は、輪廻転生という世界観と神話にあるようだ。これらは宗教が生まれる遥か以前から存在していた。 例えば、爺さんが死んだとす…

魂の証明(その11) 神の階梯

三島由紀夫の小説、「英霊の声」を読みながら、私の背筋はゾクゾクと寒くなった。話は、語り手が木村先生の主催する帰神(かむがかり)の会に出席するところから始まる。ここで行われる方式は、一般の神がかりとは異なり、他感法と呼ばれるもので、石笛(い…

魂の証明(その10) 美、エロティシズム、死

哲学の世界では、人間が目指すべき究極のものを真善美であると考えてきた。それはプラトンから始まり、約2000年後のカント以降まで続いている。人間には目指すべきものがある。しかもそれは、究極の何かなのだ。そう考えたのは、三島由紀夫も同じだろう。但…

魂の証明(その9) 輪廻思想の起源

前回の原稿で、私は、輪廻転生について東洋では仏陀が、西洋ではプラトンがこれを説き、両者の間に伝播はなかった。「不思議なこともあるものだ」と述べたが、どうやらこの理解は誤りだったらしい。訂正すると共に、お詫び申し上げます。 西洋の方を先に述べ…

魂の証明(その8) 哲学の目的

そもそも、哲学なんてものに興味を持っている人は、どれ位いるだろう。100人に1人もいないのではないか。哲学は金にならないし、そもそも哲学の勉強などしなくとも、日常生活は一向に困らないのである。むしろ、友人に哲学の話などしようものなら、嫌われる…

魂の証明(その7) 彷徨する魂

「ソクラテスの弁明」は以前、読んでいたが、本稿を書き始めてから「パイドン」、「饗宴」、「ゴルギアス」、「国家」と読み進めてきた。いずれもプラトンの作品である。これらの作品から、プラトンの思想の内実が浮かび上がってくる訳だが、そこに私は奇妙…

魂の証明(その6) AIとの哲学問答

私との哲学談義に付き合ってくれそうな人間は、見当たらない。そこで最近は、AIに論争を持ち掛けることにしている。但し、私は誇り高き埼玉県民の代表として、絶対にAIになど騙されないぞ、という心意気を持っている。なお、私が利用しているAIは、Windows 1…

魂の証明(その5) 幸福の条件

誰しも幸せになりたいと願っている訳だが、ある見方をすれば、その為には2つの条件がある。1つには、自分自身が満たされていること。それは、健康であったり、人間関係だったり、金銭的なことだったりする。それらが充実していれば、一応、その人は幸福だ…

魂の証明(その4) この世の真実

50年ほど前、私は19才だった。その頃だったのだ、「この世の真実」という言葉を聞いたのは。誰から聞いたのかはもう忘れてしまったし、ましてや誰の言葉なのか、私には知る由もない。しかし、当時の私はこの言葉に魅了されたし、未だに時折、この言葉を思い…

魂の証明(その3) エロスの道 (美の梯子)

プラトンの著作「饗宴」は、第一級の哲学書でありながら、優れた文学作品でもある。その仕掛けは興味をそそるし、読み終えた後には深い余韻が残る。この作品を読むと哲学と文学の起源が同一だったと思いたくもなる。 古代ギリシャにおいては、男たちが集まっ…

魂の証明(その2) 身体について

身体というのは、とても難儀なものだ。こんなものがあるから、人間は不便で仕方がないのである。時間が経てば腹が減るし、眠たくもなる。怪我や病気をすれば、痛くて仕方がない。いっそ、こんなものとは離れて、私という生命体を維持することはできないだろ…

魂の証明(その1) はじめに

最近、無力感に襲われている人が少なくないのではないか。私も、その1人である。イスラエル軍が、ガザ地区に地上侵攻したらしい。このようなニュースに接する度、私は自分が無力であることを思い知らされる。また、最新のニュースによれば、ウクライナ軍が東…

知性と権威

トランプ政権も2期目に入り、反知性主義という言葉を眼にする機会が増えた。但し、この言葉が意味する内実はとても複雑で、私自身、深い混乱に陥ったのである。何とか、この問題を整理してみようというのが、本稿の趣旨である。 そもそも、人間に知性は可能…

私の文芸主義

15世紀の後半に大航海時代が始まり、これが今日のグローバリズムの起源だと言われている。グローバリズムは経済と科学を推進の原動力とし、欧米の価値観を途上国に押し付けるものだった。グローバリズムは、西欧の近代主義を思想的な背景として持っていた。…

反権威主義の台頭

世界は揺れ動き、これからどうなるのか、不透明さを増している。トランプが2期目の大統領に選出された頃から、この傾向が一気に顕在化したのではないか。この何十年か、西側世界はひたすらグローバリズムを志向してきた訳だが、トランプがこれを一気にひっく…

需要と供給

需要が供給を上回れば、商品の値段は上がる。するとその商品を製造すれば多くの利益をあげることができるので、新規の事業者が参入するなどして、供給が高まり、やがて物価は安定する。反対に供給が需要を上回れば、商品の値段は下がり、事業者は生産量を調…

権力と科学

私たちは、秩序の中で生きている。この点、異存のある人はいないだろう。では、この秩序はどのように出来上がっているのだろう? 1つには権力というものがあって、これが秩序を維持している。権力には3種類あって、それは暴力、権威、経済である。 暴力は個…

老いの贅沢

- (前略)ソクラテスは人々に、配慮すべきは自分の富でも自分の名誉でもなく、自己自身について、自分の魂についてであることを思い起こさせる(後略)- (出典:「自己への配慮」 ミシェル・フーコー著) つまり、これが自己への配慮、自らの魂に対する…

背徳の美学(その27) あとがき

昨年の暮れから、ほぼ半年に渡って、私は川端文学と共に過ごしてきた。1人の作家にこれ程魅了されるという経験は、実は、初めてである。川端文学には、人の心を癒す力がある。時代を超えて読み継がれている理由が、そこにあると思う。 さて、このシリーズ原…

背徳の美学(その26) 悲しみと美

川端の実生活と川端文学における本質を考えてみると、次のようなステップが見えて来る。 ステップ1: とても悲しい。 ステップ2: その悲しみは、どうにもならない。 ステップ3: 夢幻の世界に入る。 ステップ4: 夢幻の中で、美を発見する。 簡単に補足…

背徳の美学(その25) 父のお習字

「古都」のシーン2について、再度、触れたい。太吉郎は、尼寺の一室に籠って、帯の図柄の下絵を描いていたのである。そこへ娘の千重子が、森嘉の豆腐を持ってやって来る。千重子はそれを湯豆腐にして、太吉郎に食べさせる。帰宅した千重子は、母であるしげ…

背徳の美学(その24) 人間と文化

川端康成の小説、「古都」には実に多くの文化が登場する。例えば、「森嘉の湯豆腐」が出て来る。シーン2で、千重子の父、太吉郎は尼寺の一間を借り、そこに隠れて帯の下絵を考えている訳だが、そこに千重子が訪ねて来る。 「お父さん、森嘉の湯豆腐をおあが…

背徳の美学(その23) 「古都」の魅力

「古都」は、当時の文壇に様々な問題を投げ掛けたようだ。まず、形式的な問題があった。当時、純文学と呼ばれる作品は、まず、文芸誌に掲載されるのが常だった。そして、完成された作品は、単行本として出版される。更に時間が経過すると、文庫本になる。文…

背徳の美学(その22) 古都/あらすじ

「ああ、苗子さん、あたたかい。」 ・・・そして苗子は、千重子を、抱きすくめた。 そう書いた時、老作家の魂もまた、人肌のぬくもりに包まれたに違いない。古都、そこはエロスを超えた美の世界だった。 古都/あらすじ シーン1/春の花: もみじの大木の幹…

背徳の美学(その21) 深層の世界

近代日本文学の頂点を極めたのは、川端康成と三島由紀夫の2人ではないか。ここに谷崎潤一郎を加えるべきだという意見もあるだろう。その意見にあえて反論しようとは思わない。しかし、私はやはり川端と三島の2人だと思うのだ。 川端と三島は何故、あのように…

背徳の美学(その20) 川端康成と三島由紀夫

日本が敗戦した1945年(昭和20年)、3月10日には10万人以上が死亡したと言われる東京大空襲があった。3月17日には硫黄島が陥落し、4月1日には米軍が沖縄本島に上陸した。この頃、「この事態をより的確に語りつぐべきだ」と考えた海軍報道部は、大物の報道班…

背徳の美学(その19) 銀の乳杯

前回原稿からの続きで、「虹いくたび」について検討する。 川端は自らの清野少年との経験から、何らかの精神的、性的な発育に関する問題が、同性愛を引き起こすと考えていたのだと思う。作中の竹宮少年は、女言葉を話す。そこから百子は、竹宮少年の中に同性…

背徳の美学(その18) 虹いくたび

川端康成の「虹いくたび」という作品を取り上げるべきか、私は、非常に迷った。1度は止めようと思った。何故かと言うと、私自身がこの作品を失敗作だと思うからである。私自身が感動していない作品を取り上げることに、意味があるだろうか。しかし、この作品…

背徳の美学(その17) エロスから美へ

私たちの心の大半は、無意識によって構成されている。そしてこの無意識は、それぞれの国や地域における文化と深い関係があるのだと思う。そこに暮らす人々の無意識が文化を醸成し、育まれた文化が無意識に影響を与えるのではないか。例えば私は富士山が好き…