猫と語る
それから20年が経過した。私の髪はすっかり白くなり、腰も曲がってしまった。痛くて、真っ直ぐには伸ばせないのだ。外出する時には、ステッキを手放せなくなった。 漁港近くのアパートから、地方都市の中古マンションへと引っ越しもした。クルマの運転が不安…
- そろそろ、ワシらも出発するとしよう。 猪ノ吉はそう言って、南の方角に向けて歩き出した。黒三郎は、何も言わずに飛び立った。私は背中に花ちゃんを乗せたまま、着いていくことにした。猪ノ吉は、うり坊たちのペースに合わせて、ゆっくりと進んだ。海岸…
- ぷんぷく山? 猪ノ吉がオウム返しにそう言った。 - まずは、ぷんぷく山の位置を確認してみよう。 私は左手で懐中電灯をかざしながら、右手で地面に道路地図を広げた。 - いいかい。青い部分は海だ。そして、漁港がここだから、今、俺たちがいるのはこの…
Tシャツの上に薄手のジャンバーを羽織って、私は、にゃんこ村に向けてクルマを走らせていた。気分は上々だった。花ちゃんに対するレッスンは無事に終了したし、今日は、新製品のカリカリも入手していたのだ。しかし、いつもの駐車場に着くと、何とも言えない…
1週間が過ぎ、私は色づき始めた木々を眺めながら、にゃんこ村のベンチに座っていた。花ちゃんは私の足元にいて、黒三郎と猪ノ吉も一緒だった。 - 花ちゃん、それじゃあ最後のレッスンを始めよう。人間の世界を説明するに当たって、どうしても言っておきたい…
黒三郎の言葉は、私の心に重く響いた。確かにこの地球上において、人間は最低の存在なのかも知れない。しかし、それは人間がミッシェルの夫を殺害したからではない。人間だって他の動植物を食べなければ、生きてはいけない。そして人間たちは、多分、ミッシ…
花ちゃんの呼び掛けに応じて、黒三郎は梢から舞い降りてきた。 - もちろん、オイラにも言いたいことはある。 - 何だ、言ってみろ。ニャー! - お前らは、何故、カラスを嫌うんだ? オイラたちが、黒いからだろう。お前たちは、他の生き物を見た目で判断し…
- 古くは2400年も昔の古代ギリシャ人が、既にこの言葉を使っていた。日本で言えば聖徳太子の時代から、更に千年も昔のことだ。つまり、ニュアンスの違いはあるかも知れないけれど、世界中の人々が魂という共通概念を持っていたんだ。英語ではSoulと言うし、…
秋の訪れを告げるような台風がやってきて、その翌日の空は高く、穏やかだった。私はにゃんこ村へ行き、いつものベンチに座っていた。私が猫たちを個体識別しているように、猫の側も人間を1人ひとり、識別している。猫おじさんである私の姿を見つけると、猫た…
翌週も、私はにゃんこ村を訪れた。いつものベンチに座って、ピーナッツを食べている。結局、かりんとうはおいしいので、食べ過ぎてしまうのだ。食べ過ぎれば、それは体重の増加につながる。ピーナッツであれば、かりんとう程食べ過ぎることはないし、食物繊…
数日後、私は再びにゃんこ村を訪れ、いつものベンチに腰かけていた。手にはかりんとうの袋を持っている。サクサクとした歯触りを楽しみ、その後にやってくる黒蜜の甘さを堪能しているのである。このかりんとうは、特蜜2度がけ製法によって作られた特別なもの…
- 花ちゃんは、人間の言葉を話すことができるんだね! せっかくだから、あそこのベンチに座って、少し話さないか? 花ちゃんはうなずくと、ベンチに向かって歩きだした。私が先にベンチに腰を下ろすと、花ちゃんはベンチに飛び乗り、私の右隣りに座った。 …
猫を撫でたときのあの感触が忘れられなくて、私は事あるごとに海辺のコンビニへ通うようになった。西の方角から説明すると、まず、山の斜面がある。斜面の縁に沿って、道路が走っている。道路に面して、コンビニがある。コンビニの裏手、すなわち東側が駐車…
クルマを走らせて、いつものコンビニへ行ったのだが、そこではある物を買うことができなかった。ある物とは、かりんとうのことだ。何を隠そう、最近、私はこれにはまっている。サクサクとした歯触りがあって、その後、口の中にほんのりと広がる黒糖の甘み。…
人生は長いようで短い、と人は言う。しかし、それは人の感じ方次第なのだ。例えば私の場合、既に充分生きてきたように感じている。好きなビールもたらふく飲んだ。音楽も聞いた。旅行にも行った。もう行きたいと思う所はほとんどない。幸か不幸か、それでも…