ジャクソンの作品を見ていると、ああ、私にはとてもこんなことはできない、と思います。例えば”One”のような作品を見ていると、これでもかという程に、線が重ねられている。私だったら、精神的にそこまではできないというのが一つ。また、ジャクソンの生活を考えてみると、これまた私にはとても真似ができない。スプリングスに住んでからは、農家の納屋を改造してアトリエにしていたようですが、とにかく毎日ここで、塗料をタラタラッと垂らして、時折、ピシャっと叩きつける。この作業を、毎日、やる訳です。1週間位なら、私でもできそうですが、それ以上続けると、不安に駆られてしまいそうです。世間とも、絵画の歴史とさえ隔絶した作業を延々と一人で続ける。これはもう、驚嘆するしかありません。
ちなみに、前回の記事で1947年以降は、ジャクソンの作品が飛ぶように売れたのではないかと書いてしまいましたが、資料によれば1948年の時点でも、ジャクソンは経済的な問題に悩まされていたようです。ネットで調べてみると、ジャクソンの“ナンバー17A”という作品は、後年、2億ドルで取引されたそうです。1ドル100円換算で、200億円! 数字が大き過ぎて、ちょっとピンときませんが、私などは、せめてその100分の1でも、時給1ドル75セントで石切り工の仕事をしていた1935年のジャクソンに渡せないものか、と思ってしまいます。そう言えば、あのゴッホでさえ、生きている間に売れた絵画は、たったの1枚だったという話があります。
ところで、数年前に日本で“ポロック展”なるものが開催され、そのプロモーション番組のようなものがYou Tubeにアップされています。これを見て驚いてしまったのですが、ある女性評論家がこう言っているのです。「ポロックの絵は、例えば喫茶店で流されている軽音楽を聴くような気持ちで見るといい」。私は腹が立つのを通り越して、悲しくなってしまいました。この評論家の心には、芸術を理解する“直観”という領域がない。ジャクソンは前衛芸術家として、しかも世界のトップランナーとして、自らの無意識と対峙しながら、人生を掛けて孤高の頂を目指したのです。そんな男の作品を、喫茶店のBGMと一緒にするとは何事でしょうか。
ジャクソンの作品は本物の芸術であり、ニューヨークで衝撃を受けた私の眼に狂いはなかった。本物の芸術、それは解決することの困難な心の課題に直面した人間だけが獲得する直観という心の機能が生み出す、危うい結晶のことです。では、ジャクソンが直面していた心の課題とは何か。それは、単にアルコール中毒という症状のみによって、判断するのは誤りでしょう。そこには、もっと深い何かがある。うまく言えませんが、それは人間が、人間であるがゆえに抱えている、本質的な課題だと思うのです。例えば、人間は言葉を生み出してから、記号と現実の双方に向き合うという宿命を背負ってしまった。そこから生まれて来る不安定な何かが、時として、芸術家の心を突き動かす。
このシリーズを締め括るに当たって、最後にもう一つ。それは、ジャクソンの抽象画が、何故、人々の心を打つのか、ということです。もちろん、全ての人々という訳ではありません。前述の評論家のように、何も感じない人もいます。しかし、私が衝撃を受けたのは事実ですし、彼の作品が200億円で取引されたのも事実です。確実に彼の作品は、人々の心を揺さぶっている。それは、ジャクソンが掘り下げ続けた彼の無意識と、彼の作品から衝撃を受ける人々の無意識との間に、共通する何かがあるからではないでしょうか。そう考えないと、説明がつかないと思うのです。民族も世代も異なるジャクソンと私。しかし、無意識を掘り下げていくと、共鳴する何かがある。それは例えば、同じ音程の音叉が二つあったとして、震わせた音叉を近づけると、もう一方の音叉も震え出す。そんなイメージでしょうか。
ユングの集合的無意識というのは、人々の心に悪い影響を及ぼす元型という概念によって説明されています。従って、少し違うのかも知れませんが、本質的には大差ないようにも思います。よって、例えばジャクソンと私の無意識に共通する何か、それを集合的無意識と呼んでも差し支えはないように思うのです。