文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

休止のお知らせ

暑い日が続きますが、いかがお過ごしでしょうか。私は、少し夏バテ気味です。

 

さて、このブログですが、昨年の7月に始めて、約13か月が経過しました。その間、約130本の原稿を掲載してまいりました。月平均約10本、3日に1本という割合です。

 

永年疑問に思ってきたことを一つずつひも解いて来た訳ですが、私と致しましては、それなりに成果があったと思っております。このブログでは、主に歴史的な観点から文化の構造というものを考えてまいりました。文化の起源は“遊び”にある。そして言葉が生まれ、物語、呪術、祭祀などを経て、シャーマニズムに至る。その経過の中から、文学や美術などの芸術が生まれた。証明できるかどうかという問題はありますが、そこまでは多分、間違っていないと思います。

 

問題は、その先です。シャーマニズムというのは、例えば、大勢の人々が集まって何かを祈っている。その中心にいる人がシャーマンと呼ばれる人で、それは雨乞いの儀式だったかも知れない。狩猟採集の時代であれば、その一群の人々がこれから東に行くのか、西に行くのか、それを決定するための手続であったりした訳です。やがて、人々は定住を開始し、食物の保管が可能となり、武力衝突が起こる。敵対する部族との戦いをいつ仕掛けるか、そんな事柄も、シャーマンを中心とした祭祀によって、決めていたのではないでしょうか。

 

文字ができて、シャーマニズムは宗教へと発展する。宗教と武力とが渾然一体となり、政治が生まれた。このブログで“宗教国家”と呼んできた時代が始まる訳です。そこから、宗教や武力とは隔絶した、新しい考え方が生まれる。歴史的には、アメリカの独立宣言が最初だったのでしょうか。そして、その考え方は民主主義と呼ばれた。日本では50年戦争とも呼ばれる時代を経て、日本国憲法が生まれる。言うまでもなく、国民主権基本的人権の尊重、平和主義に関する考え方は、この日本国憲法において結実している。と言いますか、憲法の他にこういう事柄を定めたものって、ないんです。

 

最近では、メディア・リテラシーということも考えつつ、“政治を読み解く7つの対立軸”というシリーズで、私の政治的な立場も明らかにするよう試みてみました。結果、私の立場というのは、右でも左でもない、何処かあやふやな場所に立脚していることが分かりました。しかし、世の中には、私と同じようなことを考えている人たちも、少なからずいる。今は、そう確信しています。私はこのブログで、“プライバシー保護法”を制定するべきだと述べましたが、ある憲法学者は、「プライバシーの問題は、憲法に定めるべきだ」と主張しています。また私は「法律も、経済も、国の安全保障も全てアメリカに依存しているのは、いかがなものか」と述べましたが、ある憲法学者は、もっと明確に「日本はアメリカから独立するべきだ」と述べています。アメリカからの独立!?

 

また、本日現在、安倍総理憲法改正を諦めていないようです。

 

そんな経緯があって、私は憲法に興味を持つようになったのです。しかし、これはそう簡単な問題ではありません。少し、勉強のための時間が必要です。それが、このブログ“休止”の理由です。

 

コオロギが鳴き始めた頃、再開できれば、と思っております。

 

では !