文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 200  第3章: 記号系

 

1.記号の定義

 

記号とは何かと言うと、それは重大な哲学上の問題であり、例えばパースは記号を66種類のクラスに分類したそうです。ここではそこまで厳密に考える必要はないので、簡単に、次のように定義しておきましょう。

 

記号の定義・・・記号とは、音、光、形、色、物、人の表情、その他の要素によって構成され、対象を指し示すものであり、人または動物によって、認知されるものである。

 

2.記号原理

 

次に、記号にまつわる原理的なことを述べます。記号原理というのは、私の造語なのでご留意ください。

 

まず、記号によって、人は何かを認知する。このことから導かれるのは、記号とはそれ単独で存在することはない、ということです。例えば、世界には人間の聴覚によっては認知し得ない周波数の音というものが存在します。それらを人間が認知することはない。よって、そのような周波数の音というのは、記号たりえない。記号というのは、必ず、何かを指し示している。この記号が指し示しているものを本稿では“対象”と呼びます。また、“対象”とは具体的な事物に限らず、心的なイメージをも含みます。

 

記号に触発された人間は、次のステップで“意味”について思案します。本稿において“意味”とは、その記号や対象と自分との関係において判断される価値のようなもの、と定義しておきましょう。ここから先は、“意味”があるから行動に至る「意味発見型」と、行動によって“意味”を創出する「意味創出型」の2種類が考えられます。

 

意味発見型の例
 記号・・・あなたの部屋のドアがノックされる。
 対象・・・ドアをノックする音は、誰かの来訪を指し示している。
 意味・・・その来訪者は、他ならぬあなたを訪ねて来ている。
 行動・・・あなたはドアを開け、来訪者を招き入れる。

 

意味創出型の例
 対象・・・殺したいほど憎い人がいる。
 記号・・・憎い人を指し示す記号としての藁人形がある。
 行動・・・藁人形に五寸釘を打ち付ける。
 意味・・・怨念を晴らす。

 

上記の通り、4つの要素で人間の認知・行動システムを説明するのが、記号原理の本質ですが、続いて、この記号原理における傾向について述べます。

 

記号化・・・人は、何かを認知するために、記号を用いる。例えば、人に名前を付ける。道具に目印を付ける。他の人との差別化を図るために、着飾る。これらの行動様式を“記号化”と呼ぶことにします。

 

記号強度・・・個々の記号が持っている人に対する影響力の強さを、“記号強度”と呼ぶことにします。例えば、物音がする。その音は大きい程、それを聞いた人に大きな影響を与えます。よって、音量が大きい程、“記号強度”が強いことになります。

 

記号密度・・・例えば、テレビやパソコンの画面の大きさは、一定で変わりません。その単位面積の中に、どれだけの密度で記号が表示されているか。その密度のことを“記号密度”と呼ぶことにします。画面に一人の演歌歌手が映っているよりも、AKB48の全メンバーが映っている方が、“記号密度”が高いことになります。

 

記号鮮度・・・人は、同じ記号に触れ続けると、そこから受ける影響力が低下します。より新しい記号から、人は強い影響を受ける。よって、食品と同じように記号にもその鮮度のあることが分かります。

 

記号執着・・・人は、ある種の記号に良い印象を持つと、多分、脳内にドーパミンが放出され、快感を覚える。そこで、同じような記号を繰り返し求める傾向にある。例えば、パチンコで大当たりの記号が出現すると、脳内にドーパミンが放出される。そして、依存症になる。バッグや靴など、同じようなものを沢山買ってしまう。

 

人間は常に、記号化することによって、物事を認識しようと試みている。また、より記号強度が強く、より記号密度が高く、記号鮮度の良い記号を求めようとする。鮮度を求めるのだから、それは飽きっぽい傾向にある。と同時に、特定の記号に執着しようともする。これはあたかも子猫のように気まぐれで、飽きっぽく、わがままで、理解し難い傾向を持っていると言えます。

 

上記の事項全てを含め、本稿では「記号原理」と呼ぶことにします。

 

3.記号系の文化

 

記号自体に働き掛けようとする文化領域というものは、確実に存在します。例えば、花火。打ち上げから僅か10秒程度で完結する花火は、記号そのものを楽しむ文化だと言えます。イラストやレタリングもあります。くまモンやフナッシーなどの着ぐるみ。これらのキャラクターは、名称、外観、声、動作などの記号が組み合わさって構成されています。新しい所では、ラインのスタンプというのもあります。

 

もう少し大きな所では、企業のマーケティング戦略があります。

 

しばらく前、Corporate Identityということが盛んに論じられました。企業を象徴するロゴやマークを作れ、という考え方です。ただ、ロゴだけでは実効が上がらないので、以下の3つについて検討しろ、と当時の文献には書かれていました。

 

Product Identity・・・自社製品に特色を打ち出せ。
Behavior Identity・・・従業員の行動に特色を打ち出せ。(デニーズでは、従業員の方が「デニーズへようこそ」と言う。)
Visual Identity・・・これが企業を表わすロゴやマークのことです。

 

その後、このような考え方はブランド戦略と呼ばれるようになりました。例えば、創業時代の物語を作って、アピールする。自社製品全体で共通する特色を出しつつ、個々の商品でも特色を出す。BMWというドイツの自動車メーカーがありますが、この会社の作るクルマのフロントグリルには、どれもキドニーグリルと呼ばれる2つの吸気口が空いているんですね。だから、一目見れば、BMWだと分かる。これがGroup Identityということになります。そして、各車種には、それぞれに個性が付与されている。それが、Individual Identityということになります。AKBだって、システムは同じです。同じ制服を着ている。但し、髪型などについては、各メンバーが個性を持っている。

 

このように、私たちの購買行動や消費性向は、企業のブランド戦略に影響を受けています。

 

4.記号系のメンタリティ

 

私たちは、記号なくして何も認識できない。認識できなければ、行動を起こすこともない。よって、記号なくして文化は成立しないと思います。すなわち、他の文化領域においても、記号原理は働いている。一覧を提示します。

 

・記号系
・記号系 + 競争系
・記号系 + 身体系
・記号系 + 物質系
・記号系 + 想像系

 

すなわち、記号系の文化や記号原理というのは、あたかもコップのようなもので、その中身が競争系以下の4種だとも言えます。そして、競争系以下の4種には、明確なメンタリティがある。では、記号系はどうなのか。コップだけであれば、そこに中味はない、とも言えます。しかしあえて言えば、先に記しました「あたかも子猫のように気まぐれで、飽きっぽく、わがままで、理解し難い」のが記号系のメンタリティなのではないか。そして、このようなメンタリティを強く持っている若者というのは、確実に存在していると思うのです。

 

人間集団(競争系)から切断され、他者との間に共感を育む(身体系)ことができず、物や自然(物質系)の中に意味を見出せず、自らの物語を紡ぐ(想像系)こともできない。この傾向が、ポストモダンの本質ではないかと思うのです。

 

しばらく前に、神奈川県座間市で連続殺人事件が起こりました。僅か1か月の間に7人の女性と1人の男性を殺害したという事件です。容疑者は、ゲームに熱中し過ぎて、父親から説教されていたそうです。そして、犯行前には「生きていることの意味が見つからない」と発言していたそうです。更につい先日、新幹線の中で若者が殺人を犯しました。犯行後少年は、「誰でも良かった」と述べたそうです。これらの若者のメンタリティというのは記号系であって、上記の通り、外界から疎外されているのではないでしょうか。そう言えば、いい年をした若者の間で花火が流行っている。海辺などで大量の花火を打ち上げ、その後ゴミを放置するので困っている、という記事を読んだことがあります。あまりに、幼い。

 

空のコップのようなメンタリティ。このような心理的に危険な状態について、本稿では「空っぽ症候群」とでも呼ぶことにしましょうか。