文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 234 憲法の声(その1) 宗教改革の時代

私の愛する日本国憲法に対し、「あれはGHQが1週間で作ったものだ」という批判があります。しかし、そんな馬鹿なことはありえません。憲法を貫く立憲主義や民主主義という思想は、ひたすら戦争を続けてきた人類の歴史に照らして考えますと、そう簡単に発想されたものであるはずがない。また、ある憲法学者は「歴史を知らないと、憲法を理解することはできない」と述べておられる。では、その歴史を誰かに教えてもらいたいと思い、文献を探したのですが、適当なものが見つからない。これはもう、自分で研究するしかありません。

 

例えば、日本国憲法第12条の前段には、次のように記載されています。

 

この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。

 

まったくもってその通りで、素晴らしい考え方だと思いますが、憲法の条文には、何故そうなのかという理由や、どのような経緯でそういう考え方に至ったのかという説明は、書かれていません。もちろんその背後には、必ず、そのように考えるに至った人類の歴史と、苦悩した人々のドラマがあるに違いない。このような憲法の条文に直接的には表現されていない思想や歴史のことを、本稿におきましては“憲法の声”と表現することに致しました。

 

1.宗教改革の時代

 

民主主義のルーツを探っていきますと、それは紀元前6世紀の古代ギリシャにまで遡ることができます。これは小規模な国家における直接民主制でしたが、女性や奴隷に参政権は認められていませんでした。(文献1)奴隷制に支えられた経済に基礎を置くという点で、今日の民主主義とは、随分と異なります。

 

次に、立憲主義の起源は、1215年6月19日にイギリスのジョン王が署名した大憲章(マグナ・カルタ)だと言われています。ジョン王には失政が多かった。そこで怒った貴族が、自分たちの既得権を認めるよう文書を作成し、ジョン王に署名させたということです。「イギリスの封建貴族がジョン王に封建契約上の諸権利を承認させたマグナカルタは、その後、国民の権利を保障した歴史的文書として、イギリスにおける立憲主義確立の礎石となった」(文献2)と言われています。この時点では、権力が国王と貴族階級に分離されただけですが、イギリスでは早くも「14世紀には上下両院からなる2院制の議会が確立」(文献1)されました。やはり、議会制民主主義という点では、イギリスが先行していた。

 

いずれに致しましても、今日の立憲主義や民主主義へと連結される大規模な事件は、宗教改革だと言えそうです。ただ、宗教改革について述べる前に、当時の時代状況を振り返っておきたいと思います。

 

16世紀のヨーロッパの地図を見ますと、フランス王国やイギリス王国は存在しますが、ドイツという国の記載はありません。代わりに、神聖ローマ帝国と書かれている。イタリアもなく、(現在のイタリアの首都である)ローマは、「教皇領」の中に所在している。すなわち、当時、ドイツとイタリアは、まだ国家を形成するに至らず、神聖ローマ帝国の枠組みの中に存在していたのです。ローマ教会のトップは「教皇」で、元来、教皇ローマ帝国の「皇帝」を任命するという関係にあった。すなわちローマ教会は、神聖ローマ帝国における権力を一手に握っていたのです。そして、ローマ教皇神聖ローマ帝国の支配者として、国際政治や世俗生活にまで関与し、ドイツから多くの財貨を搾取していたのでした。(文献3)

 

しかし、ローマ教皇は11世紀初頭(1096年)から13世紀末まで続いた十字軍の派遣に失敗するなどして、徐々に、その権限を弱めていきました。そして1356年、皇帝カール4世は、皇帝の選出権を7人の選帝侯に移譲したのでした。選帝侯とは、各地で強大な権限を持っていた諸侯、すなわち貴族のことです。但し、選帝侯という名誉職に就くためには、教皇に対し、多額の金銭を支払う必要があった。

 

1514年、アルブレヒトという諸侯(貴族)が選帝侯に選任されたのですが、これに伴い3万ドゥカーテンという巨額の金銭をローマ教皇に支払わなくてはならなかった。アルブレヒトは、そんな大金を持っていなかった。そこで、彼は、ローマ教皇の許可を得た上で、人々に贖宥状(しょくゆうじょう)の販売を始めた。贖宥状は、「免罪符」と訳される場合もありますが、この訳は正確ではない。正しくは、罪を免ずるのではなく、罪に対する罰を免ずるという意味だそうです。当時、罪を犯した者は、死後地獄へ落ちて、酷い罰を受けると考えられていた。お金を出して贖宥状を購入すれば、その罰が軽減される、または免除されるというふれこみだった。そして、これに激怒したのが、マルティン・ルターで、有名な「95か条の提題」へとつながっていくのです。

 

(参考文献)
文献1: 新 もう一度読む 山川世界史/「世界の歴史」編集委員会山川出版社/2017
文献2: 新・どうなっている!? 日本国憲法(第3版)/播磨信義 他/法律文化社/2016
文献3: ルター/小牧治・泉谷周三郎/清水書院/1970
文献4: プロテスタントの歴史(改訳)/エミール=G・レオナール/白水社/1968
文献5: 宗教改革と現代の信仰/倉松功/日本キリスト教団出版局/2017