文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

権力組織の落日

既にこのブログでは、「権力組織」について、何度か述べて来ました。この「権力組織」というのは、「権力を持った組織」という程の意味で、恐縮ながら私の造語です。それがどのような仕組みになっているのか、構成要素に分解してみると、次のようになります。

 

A. メンバーは集団に対して、規律に従う義務を負っている。

B. リーダーはメンバーに対して、その集団の設立目的を達成する義務を負っている。

C. リーダーには、メンバーを防御するための権力が付与されている。

D. リーダーは、権力を効率的に行使するために組織を作ることが許されている。

E. 権力が正しく行使されるために、組織の運営について、民主的な手続が定められる。

 

このように考えますと、国家、官僚組織、会社など、現代における多くの人間集団がこのような要素、すなわち権力や組織によって運営されていることが分かります。では、国家を例にとって、簡単に見て行きましょう。

 

A. メンバーは集団に対して、規律に従う義務を負っている。

→ 国民(メンバー)は、国家の定める法律を遵守する義務を負っています。多くの場合、国民は法律を守ることによって、特段の不利益を被ることはありません。例えば、赤信号で止まる。それは、国民自身の安全を守ることでもあります。但し、法律を守ることによって国民の側が多大な不利益を被る場合もあります。1つには徴兵制があり、2つ目には納税義務を挙げることができます。

 

B. リーダーはメンバーに対して、その集団の設立目的を達成する義務を負っている。

→ 国家の設立目的というのは、国民の生命や財産を守ること、基本的人権を保障することなどを挙げることができます。

 

C. リーダーには、メンバーを防御するための権力が付与されている。

→ 総理大臣や国会議員など、国のリーダーたちには、国民を守るという役割が課されているので、その役割を果たすために権力を行使することが認められています。国会議員であれば、法律を制定するという権限が、そして内閣には法律を執行する権限がある訳です。

 

D. リーダーは、権力を効率的に行使するために組織を作ることが許されている。

→ 権力を効率的に行使するためには、組織を作る必要が生じます。政府には、財務省だとか経産省などの組織が設置されていて、それぞれの組織には、行使できる権限の範囲などが定められている訳です。

 

E. 権力が正しく行使されるために、組織の運営について、民主的な手続が定められる。

→ 民主的な手続と言えば、1つには議会制民主主義を挙げることができます。国会で論議をしてもらおう、そして、最終的には多数決で決めよう、ということになります。選挙制度も民主的な手続の1つです。

 

このように概観しますと、これはなかなか良くできたシステムだと思う訳で、その起源はホッブズ、ロック、ルソーらが唱えた社会契約論まで遡ることできます。

 

ところが、民主主義という普遍的な概念をも包含する上記の「権力組織」というものが、現在、制度疲労を起こし、劣化し、機能不全に陥りつつあるのではないか、と思うのです。

 

この「権力組織」は、かつて戦争のリスクが高かった時代には、よく機能していたのかも知れません。国民は徴兵制という大変な拘束に直面していた。すると、国家権力の動向に敏感になるし、選挙にだって行く。ところが、核兵器に関する技術が進展し、今や多くの国が核武装をしている。すると、奇妙な均衡が生まれ、少なくとも大国間で戦争はできなくなりつつある。既に日本は75年もの間、戦争に巻き込まれることがなく、徴兵制もその間、復活したことはありません。すると、権力を監視しようという気持ちが薄れてくる。選挙の投票率だって、必然的に低下する。憲法に興味を抱く人など、今や、変人扱いされかねない。法哲学井上達夫氏は、「徴兵制を復活すれば、選挙の投票率は必ず上がる」と述べています。(だからと言って、私は、徴兵制を復活すべきだとは思っていませんが)

 

すると、現在、国民が国家に対して負っている最大の義務は、納税義務ということになるのではないか。「権力組織」というシステムにおいて、甘い汁を吸ってきた権力者たちは、自らの立場を保全するために、増税の方向に進もうとする。これも、当然の帰結かも知れません。ところがコロナの影響下において、この緊縮・増税路線では、国家運営が困難になって来ている。MMTも普及しつつある。徐々にその正しさを認識する人々が増えてきた。すると、反緊縮の方向に向かわざるを得なくなる訳です。予算が底をついた東京都など、早晩、都債を発行することになると思います。また、自民党ですら、来るべき総選挙に備えて、消費全を減税した場合の影響をシミュレートするよう、経産省に指示を出したという噂もあります。

 

すると、徴兵制はなく、納税義務も軽減される方向に動く。選挙の投票率は更に低下する。権力組織というシステムが劣化すると同時に、民主主義も危機に瀕するのではないか。長い目で見ると、そう思うのです。

 

加えて、そもそも会社というシステム自体、変化の節目を迎えているのではないか、という気がします。

 

かつては「企業は人なり」などと言われたものですが、既に労働者の4割は非正規となった。加えて、大企業ではコスト削減を目的として、アウトソーシングが盛んに行われています。この傾向は様々なレベルで進行していて、経営コンサルタントなどのビジネスも流行っていますね。言ってみれば、最早、経営者すら必要のない時代になりつつある訳です。従業員の非正規化とアウトソーシングを突き詰めていくと、会社は空洞化する。その傾向にコロナが拍車を掛けているのではないか。テレワークとか、在宅勤務と呼ばれる勤務形態のことです。労働者は会社へ行って上司の指示に従い集団で仕事をするというやり方から、個人がその能力に応じて働き、成果に応じて給与を受け取る。そうなると、あの人は〇〇部の人だからということではなく、ある仕事があると、その仕事をこなせる人は誰かという基準で業務が配分されるようになるのではないか。この傾向、「働かないおじさん」以外の人々は、歓迎しているのではないでしょうか。

 

長い間、盤石だと思われてきた「権力組織」というシステムが、崩壊しつつある。

 

このような見方をれいわ新選組に照らしてみますと、まず、Aの「メンバーの集団に対する義務」というものが存在しない。今回の都知事選においても、何をしろという指示はほとんどなかったようです。メンバーは何ら拘束されることなく、自発的に動いていた。しかし、今般の大西つねき氏の問題などもあって、外部のメディアからは、れいわ新選組に組織のないことが批判されています。ただ、その批判は当たっていないと思います。「組織がないこと」を非難するのではなく、Eの「民主的な手続」が定められていないことを非難すべきではないでしょうか。

 

義務ではなく自発的に行ったとしても、ボランティアに参加した人、寄付金を投じた人たちとしては、少なくとも情報を開示してもらいたい、という気持ちが沸き起こっている。当然の帰結です。れいわ新選組は、もっと情報を開示し、説明責任を果たす必要がある。

 

いずれにせよ、私たちは「権力組織」に代わり得るシステムを早急に模索すべき段階に来ていると思うのです。

 

追記: 本日、太郎さんの会見がありましたね。大西つねき氏、除籍の方向で来週、総会にて審議するとのこと。