文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

反逆のテクノロジー(その28) 自己への配慮

自己への配慮とは・・・

 

- 単に自分の地位においてだけではなく、理性的存在として自分自身を尊重することの重要性である。(中略)自己を自己の行為の主体として構成する際の手がかりとしての自己への関係の強化 (P.57)-

 

であり、

 

- 配慮すべきは自分の富でも自分の名誉でもなく、自己自身について、自分の魂についてである (P.61)- (ソクラテスの言葉)

 

- 「自分自身が成長する」、「自分自身を改善する」、「自分にもどる」、「自己を形成する」、「自分の権利を主張する」、「自己を作りあげる」、「勉強に閉じこもる」、「自己に専念する」、「自分に身をささげる」、「自分の中に閉じこもる」、「自分にもどる」、「自分自身にとどまる」 (P.64)-

 

・・・ということなのだ。

 

学術的には、本文献においてフーコーは「主体」について、検討したと言われている。そして、フーコーの思想は、「権力-知-主体」という3元構造を持つに至る。フーコーの著書になぞらえてみよう。

 

権力・・・「監獄の誕生」

知 ・・・「知への意志」

主体・・・「自己への配慮」

 

(但し、権力論は「知への意志」においても展開されている。)

 

ところで、冒頭に記したいくつかの引用部分は、分かりやすい箇所を私が抜粋したに過ぎない。本文献の大半は、相変わらず、養生や若者愛(成人男性と若者との同性愛)に関する哲学者たちの考察に当てられている。ちなみに若者愛については、古代ギリシャの時代にはこれが容認されていて、哲学者たちの研究の対象となっていた。やがて、時代はヘレニズム期に移る。すると、若者たちの人権が擁護されるようになり、自由人の若者が成人男性の相手を務めることはなくなる。成人男性の相手を務めるのは、奴隷の青年に限定されるのだ。そこで、哲学者たちもこの問題について考えることを止める。更に時代が進み、キリスト教の倫理観が普及するに伴い、同性愛は悪いことだとみなされるようになる。

 

しかし、本文献はフーコーの遺作だ。死期を覚悟していたフーコーが最後の作品で言いたかったことは何なのか。若者愛? そんなことであるはずがない。

 

ちなみにフーコーが「エピステーメー」という言葉を使ったのは「言葉と物」においてであるが、その後フーコーは、この言葉を封印している。それは、自らの思想を前進させるためだったのだろう。従って、以下に述べる私の見解は学術的には間違っているかも知れないし、フーコー自身の意志に沿うものでさえないのかも知れない。しかし、この本を私は次のように読んだ。

 

エピステーメー」とは、ある社会がある時代に共有している科学的知見、常識、価値観などを指す。そして、「エピステーメー」は時代と共に変化する。そうであれば、人間の社会が築いた最初の「エピステーメー」というものが存在するはずだ。哲学の起源は古代ギリシャにある。ということは、哲学の、西洋社会の、もっと言えば人間社会の起源が、古代ギリシャの思想の中にある訳だ。フーコーは文字によって遡ることのできる最古のエピステーメーを描きたかったのではないか。そしてそれは、現代人からしてみればとても陳腐で、間違いだらけなのだが、それでもそれは、その時代の人々が精一杯考え抜いて作り上げた一つの秩序だったに違いない。

 

性という人間にとっては厄介な代物や、自己という最も身近だが扱うことが困難な対象から出発して、一つの社会の総体を構想する。そのような試みの中にこそ、人間が用いるべき技術の本質があるのではないか。間違ったって構わない。いや、愚かな人間が思考するのだから、その結論は必ず間違っている。それでも思考せよ。それが人間なのだ。そして、新たな時代を切り開け、新たな「エピステーメー」を構築せよ! フーコーは最後の力を振り絞って、思考する全ての人々に対し、そういうメッセージを残したに違いない。

 

<お知らせ>

本ブログでは、ミシェル・フーコーを題材とし「反逆のテクノロジー」と題する原稿を約半年に渡って掲載してまいりましたが、このシリーズは今回をもって終了と致します。私のフーコーに対する敬意と関心が尽きた訳ではありません。今後とも、学んでいきたいと思っています。幸い、読むべき文献はまだ沢山残っています。しかし今は、2400年前のギリシャから、2021年の日本に戻りたいと思う次第です。フーコーから学んだことを踏まえ、新たな連載原稿に取り組む予定です。近日、公開予定です。タイトルは、次のものを予定しています。

 

領域論 ―主体が巡る7つの領域―

 

引き続き、宜しくお願いします。

 

(参考文献)

文献1: FOR BEGINNERS フーコー/Cホロックス/白仁高志訳/現代書館/1998

文献2: フーコー今村仁司・栗原仁/清水書院/1999

文献3: 言葉と物/ミシェル・フーコー渡辺一民佐々木明訳/新潮社/1974

文献4: ミシェル・フーコー、経験としての哲学/阿部崇/法政大学出版局/2017

文献5: ミシェル・フーコーの思想的軌跡/中川久嗣/東海大学出版会/2013

文献6: 図説・標準 哲学史/貫 成人/新書館/2008

文献7: 哲学中辞典/尾崎周二 他/知泉書館/2016

文献8: フーコー・コレクション1 狂気・理性/ミシェル・フーコーちくま学芸文庫/2006

文献9: 監獄の誕生/ミシェル・フーコー/新潮社/1975

文献10: 知への意志/ミシェル・フーコー/新潮社/1976

文献11: 快楽の活用/ミシェル・フーコー/新潮社/1984

文献12: 自己への配慮/ミシェル・フーコー/新潮社/1984

 

 

フーコー年表

 

1926年(0才)                    10月15日。フーコー生まれる。

 

1942年(16才)                  哲学の勉強を始める。

 

1945年(19才)                  高等師範学校不合格。第二次世界大戦終結

 

1946年(20才)                  高等師範学校合格。

 

1948年(22才)                  自殺未遂。

 

1950年(24才)                  自殺未遂。大学教員資格試験に失敗。

 

1951年(25才)                  大学教員資格試験に合格。

 

1952年(26才)                  精神病理学高等教育終了証書を取得。

                                                リール大学文学部哲学科の心理学助手に就任。

 

1954年(28才)                  「精神疾患とパーソナリティ」を出版。

                                                  アルコール依存症になりかけ、心理療法を受ける。

 

1961年(35才)                  博士論文として書かれた「狂気の歴史」が出版される。

(狂気と非理性―古典主義時代における狂気の歴史)

 

1963年(37才)                  「臨床医学の誕生」出版。デリダが「狂気の歴史」を批判。

 

1966年(40才)                  「言葉と物」出版。

 

1969年(43才)                  「知の考古学」出版。

 

1970年(44才)                  コレージュ・ド・フランス教授に就任。初来日。

 

1975年(49才)                  「監獄の誕生」-監視と処罰- 出版。

 

1976年(50才)                  「性の歴史I-知への意思」出版。

 

1978年(52才)                  2度目の来日。

 

1984年(58才)                  「性の歴史II-快楽の活用」出版。

                                                  「性の歴史III-自己への配慮」出版。

             6月25日、フーコー死去。

            (誕生日前なので、享年は57才。)