文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

猫と語る(第5話) 利益共同体

 

翌週も、私はにゃんこ村を訪れた。いつものベンチに座って、ピーナッツを食べている。結局、かりんとうはおいしいので、食べ過ぎてしまうのだ。食べ過ぎれば、それは体重の増加につながる。ピーナッツであれば、かりんとう程食べ過ぎることはないし、食物繊維を多分に含んでいるので、健康にも良いという説がある。一度に沢山のピーナッツを口に含むと、結局、食べ過ぎてしまうのだ。そこで私は、自分に1つのルールを課すことにした。一度に食べるのは5粒以内にするということなのだ。5粒のピーナッツをよく噛んで、食べる。そうすれば、食べる総量を抑制することが可能となるはずだ。

 

ポリポリと音を立てながらピーナッツを食べていると、突然、足元に何かが触れたのだった。足元を覗き込むと、そこには花ちゃんがいた。私は、いつものように地面に紙の皿を置き、そこにカリカリを注いだ。今日のカリカリは、マグロ味だった。花ちゃんは、それをおいしそうに食べた。食べ終わると花ちゃんは、ベンチの上に飛び乗り、私の太ももに左手を置いた。肉球の感触が微かに伝わってくる。

 

- それじゃあ、始めようか。

- うん、レッスン2ね。

 

花ちゃんはそう言って、私の顔を見上げた。

 

- 前回は、生活共同体の話をしたけれど、多くの場合、人はそこに留まることができない。そこから人は、利益共同体へと移行しなければならないんだ。利益共同体というのは、人間が労働することによって成立している。会社とか、役所とか、つまり働く場所のことなんだよ。

- 働くって、どういうこと?

- いい質問だ。そう言えば君たち猫は、働かないよね。仕事もなければ、用事もない。会議をしたり、手続をしたり、そういうことはないよね。働くっていうのは、人間が体や頭を使って、何らかの価値を生み出す作業のことなんだよ。生み出された価値は、利益となる。その利益を集団で共有するのが、利益共同体っていうことなんだ。働くということは、人間の1つの特徴になっている。

- 私は働いたことがないから分からないけど、それは楽しいことなの?

- 楽しいと感じる人も少なくはない。しかし、多くの場合、それはとてもシンドイことだと思う。辛いと感じる人の方が、圧倒的に多いんだろうと俺は思うよ。

- そんなにシンドイことなのに、何故、人間は働こうとするの?

- うん。それはね、お金を稼ぐためなんだよ。お金は、何にでも交換することができる。食べ物だって、衣服だって、家だって、みんなお金があれば購入することができる。だから、みんなお金を稼ぐために働くっていう訳さ。

- ふうん。

- そこでね、1つの問題が発生する。人間が一生を暮らしていくために必要な金額は、いくらだろう。仮に1か月を20万円で暮らせるとしよう。20才までは親の世話になるとして、90才まで生きるとすると残りは70年だ。そこにクルマ代や住居費などを加算して考えると、ざっくり言って2億円が必要ということになる。つまり、20才の人間がいたとして、その人が2億円持っていたとしよう。すると、その人は働かないで、一生、遊んで暮らせるっていう訳なんだ。

- なるほどね。その人は、あたし達、猫と同じように気楽に過ごせるということね。

- そうだ。でも、そんな人間は、ほとんどいないんだよ。だから、ほとんどの人は、働くことになるのさ。でもね、ここで思考実験をしてみよう。仮に、全ての人が20才の時点で2億円持っていたとしよう。そうすると、世の中はどうなるだろうか。

- 働く人がいなくなるわね。

- そうなんだよ。元来、人間は怠け者だから、働きたくはない。そして、2億円あれば生きていけるので、働く必要がなくなる。しかし、それでは人間の社会は成り立たない。現在の社会システムを維持するだけでも、多くの人々の労働が必要だ。誰かが食料を生産する。衣服を生産する。家を建築する。物を運ぶ。それらの労働がなければ、人間の社会は1日たりとも成り立たない。

- カリカリやチュールを作る人もいるってことね。

- そうなんだよ。そこで、どのような現象が起こるか。それが問題だと思う。誰も言わないけど、俺ははっきり言おうと思う。つまり、人間の社会は誰かが働かなければ成立しない。そこで、誰かを働かせるために、人間の社会は意図的に貧困状態を作り出しているってことさ。

- 誰がそんなことをしているの?

- それは権力者であり、金持ちがそういう仕組みを意図的に作り出しているのさ。

- それって、酷くない?

- 酷いよ。本当は、みんなで必要な労働を分担すればいいんだよ。金持ちだって、働くようにすればいいのさ。でもね、このシステムは、そう長くは続かないんだよ。貧乏な人は、一生懸命働く。そうだろ? すると新しい発明がなされて、世の中はどんどん良い方向へと向かう。貧乏な人だって、少しずつ裕福になっていく訳だ。そうすると、権力者や金持ちは困る。何しろ、彼らは働きたくない訳だからさ。そこで登場するのが、税金なんだ。貧しい人々が裕福になりそうになると、彼らは税金を取り立てるのさ。そして、税金を取られた人は、働き続けることになる。

- それじゃあ、貧乏な人はいつまでたっても貧乏なままってこと?

- そうなんだ。それが、人間社会のシステムの本質だと思う。でも、それだけじゃない。もう1つ、問題がある。貧乏な人々が一生懸命働くと、供給力が強化される訳だ。道路や橋だって、いくらでも作れるようになる。しかし、道路や橋が無限に必要という訳じゃない。つまり、供給力が強化されると、いつかそれは需要を上回ってしまうんだ。そして、需要が不足すると、仕事が減ってしまう。そこで使われるのが、戦争なんだ。どこかの国が攻めて来るとか、そんな嘘をついて、軍事費を増やそうとするのさ。そして、軍事費を賄うために、更に増税するんだ。北朝鮮がそうだけど、今、日本もそうなろうとしている。本当はそんな戦争、回避することができるのにね。ひと度、戦争が始まれば、若者や貧乏人ばかりが死ぬことになる。街は破壊される。そして、新たな需要が生まれるって訳さ。新たな需要は、またしても金持ちたちの金儲けに一役買う訳さ。

- それが戦争のメカニズムなの?

- うん。そうだと思う。

 

言葉を続けることができなかった。花ちゃんも黙りこくっていた。いつしか、他の猫たちが集まってきていた。私は、駐車場の車輪止めになっているコンクリートの上に、カリカリを置こうとした。しかし、待てない猫たちが、私が持っているカリカリの袋めがけて突進してくるのだ。私は左手で猫たちを牽制しながら、右手でカリカリを置こうとするのだが、次の瞬間、右手の甲に激痛が走った。待ち切れなくなった八割れのハチが、私の手に爪を立てたのだ。本気を出したときの猫の動作はとても素早いのであって、人間である私に、それを避ける術はなかった。激痛と共に、私は、カリカリの袋を放り投げていた。手の甲からは、血が流れていた。カリカリは、地面に散乱した。

 

- この野郎、ハチ! 何をするんだ!

 

私はそう怒鳴って、ハチに対して蹴りつけるふりをした。怯んだハチは、後ずさった。すると、頭上からカラスの声が聞こえた。

 

- カー、カッ、カッ、カッ!

 

花ちゃんが叫ぶ。

 

- カラスの黒三郎め。お前はいつだって高い所にいて、誰かが困ったり失敗したりするのを見て笑っている。お前みたいな奴を冷笑主義者って言うんだよ!

 

花ちゃんが見ている先を眼で追うと、確かにそこには一羽のカラスが梢にとまっているのだった。

 

カラスの黒三郎は冷笑主義者だった

- アー、アー、アー!

 

カラスの黒三郎は、ひときわ大きな声でそう鳴いた。すると、山の方から無数のカラスが押し寄せて来るのだった。その数に圧倒された私は、思わず花ちゃんを抱きかかえ、コンビニの方へ向かって10メートル程、退避した。すると、百羽だか二百羽だかのカラスが一斉に地面へと降りてきて、カリカリをついばみ始めるのだった。

 

- まさか・・・。あいつら、カリカリも食べるのか。

- そうね。彼らは雑食だから。

 

私の腕の中で花ちゃんは、冷静にそう答えた。交錯する無数の黒い羽の向こう側に、一瞬だけ、ハチの背中が見えた