文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

猫と語る(第7話) 魂とは何か

 

- 古くは2400年も昔の古代ギリシャ人が、既にこの言葉を使っていた。日本で言えば聖徳太子の時代から、更に千年も昔のことだ。つまり、ニュアンスの違いはあるかも知れないけれど、世界中の人々が魂という共通概念を持っていたんだ。英語ではSoulと言うし、日本ではそれを魂と呼ぶ。そうしてみると魂は、人間にとって、とても普遍的な意味を持っていることが分かる。

- とても古くから、世界中の人々が、魂について考えてきたってことね。

- そうなんだ。ここから先は、少し俺自身の想像を踏まえて話してみたい。魂は、人間の死生観と深い関りを持っている。現代人には医学に関する知識がある。だから、人間の死を心臓の停止、呼吸機能の停止、そして脳死などに区分して理解する。しかし、医学なんてものが未だ世界のどこにも存在しない時代があって、その頃、人々は死とは何か、そのことを一生懸命考えたに違いないんだよ。死んだばかりの人には、まだ体温が残っている。多くの場合、死者は安らかな顔をしているし、まるで眠っているように見える。しかし、死者が眠りから覚めることはない。すると、生きている自分たちと死者との間には、何らかの差異があるはずだ。昔の人は、そう考えた。つまり、生きている自分たちには、生命の源のようなものがある。そして死者は、かつてそれを持っていたが、何らかの理由によって、それを失ってしまった。だから死んだのだ。そのような仮説が成り立つ。つまり、生きている者だけが持っている何か、生命の源、それを昔の人は魂と呼んだに違いない。

- 昔の人にとって魂は、それほど大切なものだったのね。

- うん。ここで、人間とは何かという問いに対する1つの回答が導かれることになる。つまり、人間とは魂と体によって構成されるってことさ。つまり・・・

 

人間 = 魂 + 体

 

・・・ということになる。加えて昔の人々は、魂は不滅だと考えた。だから、人間が死んだとしても不滅の魂が天国へ行ったり、地獄へ落ちたりする。この考え方にも普遍性があるような気がする。ところで花ちゃん。君は、魂と体とどちらの方が大切だと思う?

- う~ん。ちょっと難しいわね。おじさんはどう思うの?

- 俺はね、魂の方が大切だと思うよ。魂が永遠に生き続けるとは思わないけど、体が生きていても魂が死んでしまえば、それはもう人間とは言えない。それから魂は、それぞれの人が、たった1つだけ持っているものなんだ。そして魂は、誰かの魂と交換したりすることもできない。この世にたった1つしかないもの、それが自分の魂なのさ。それに・・・。

- それに?

- 人は、自らの魂と対話するとき、決して嘘をつくことができない。人間は他人に対しては平気で嘘をつくけど、自分の魂にだけは、嘘をつくことができない。だから魂っていうのは、とても純粋なものだと思う。人は一生をかけて、自分の魂を育てあげる必要がある。それがあるべき人生の形だ。ところが最近の人間は、魂のことをあまり重要視しなくなってしまった。

- どうして?

- それはね、魂を分解し始めたんだ。魂という概念から、生命の源という要素を取り払って、心というものを想定した。最初にそう考えたのは、デカルトだという説がある。つまり・・・

 

魂 = 心 + 生命力

 

人間 = 心 + 生命力 + 体

 

・・・ということになる。それ以来、人間は心が大切だと考えるようになったんだよ。そして、この考え方は、アカデミズムの進歩に貢献した訳だ。つまり、心については心理学が、そして体については医学が研究対象とすることになった。そして、現代において生命力は体の側に属するものとして認識されている。体が死ぬことと、人間が死ぬことは同じだと考えられているのさ。でも俺は、この考え方には反対だ。生命力は心の中にもあるはずだ。だから、心と生命力とを分けて考えるのはおかしい。魂がなくなれば、それはすなわち人間の死を意味するのだと思う。加えていとも簡単に、自らの魂を売り渡してしまう人が多過ぎる。お金や名誉、そして地位を確保するためにね。でも、よく考えて欲しい。ひと度、魂を売り渡してしまうと、それを買い戻すことは絶対にできない。この観点から言うと、魂とは、絶対に妥協することのできない価値観や信念であるとも言える。ついでに、もう1つ言ってもいいかい?

- うん。

- 現代人は、未だにこの魂の問題を解決することができずにいる訳だ。そこで、いつまでたっても尊厳死安楽死についての議論が進まないって訳さ。俺は、それらを肯定すべきだと思う。それと、最近はうつ病をはじめとした精神病患者が急増しているし、自殺する人も多い。今、現代人が持っている心の生命力は、危機に瀕している。それは、心と生命力を分けて考えているからじゃないだろうか。心を考える場合、それは生命力とセットで考えるべきなんだよ。つまり、魂の問題としてね。

- おじさんの言いたいことは、大体、分かったわ。ところで・・・。

- うん。

- 猫にも魂って、あるのかしら?

- う~ん。そうだなあ。・・・あると思う。

 

私がそう答えると、花ちゃんは安心したような眼で遠くを見つめた。

 

- あっ! 島が見える!

 

花ちゃんが見ている方角を眼で追うと、確かに、海の向こうに小さな島が見えるのだった。多分、天気のいい日に限って、それを見ることができるのだ。

 

- こんぺい島だよ。カァー、カァー!

 

カラスの黒三郎の声が聞こえた。木の上にいる黒三郎は、どうやら私たちの話を盗み聞きしていたようだ。

 

- そんなところにいないで、言いたいことがあれば下りてきな!

 

花ちゃんが、そう叫んだ。