川端康成の「虹いくたび」という作品を取り上げるべきか、私は、非常に迷った。1度は止めようと思った。何故かと言うと、私自身がこの作品を失敗作だと思うからである。私自身が感動していない作品を取り上げることに、意味があるだろうか。しかし、この作品を通じてしか語り得ないことがあって、そのことをどうしても記しておきたいという風に、考え直したのである。
まずは、作品のあらすじを記したい。但し、川端作品の魅力は、そのディテールにもあるのであって、言ってみればあらすじは、食べ終わった後の骨だけ残った魚のようなものだ。おいしい魚の身を食べたいと思う方は、是非、作品自体に当たってみて欲しい。
<あらすじ>
建築家の水原常男は、2人の娘と同居している。姉は百子と言う。百子の母は水原のかつての恋人だったが、水原が彼女と結婚することはなかった。彼女が自殺した後、水原は娘の百子を引き取ったのである。その後、水原はすみ子という女と結婚した。そこで生まれたのが、麻子である。すみ子は、昨年、亡くなった。
時は、昭和25年。日本が戦争に敗れて5年。日本は未だ敗戦の傷から立ち直っておらず、朝鮮戦争が勃発しようとしていた時期である。
水原は、麻子を連れて箱根旅行に出かける。2人は家族風呂を共にする。そこで、水原は美しい娘の裸に接する。しかし「娘ではなんだか具合悪く」水原は先に風呂を出る。翌日、別の宿へ向かうと、期せずして長女の百子が竹宮少年とデートしているところを目撃してしまう。水原と麻子は、百子に気づかれないよう、離れて行動する。百子は、次々に少年を誘惑しているのだった。その理由について水原は「百子の胸の、ほんとうの傷を見つけてやらないと、火遊びはやまないかもしれん」と言う。
水原と麻子は宿を出て、バス停までボーイに荷物を運ばせる。雪の中である。ボーイは、裸足だった。
水原は娘2人を連れて、京都を訪れる。夜行列車である。疲れた娘2人は宿で寝ている。水原は1人、大徳寺へ向かう。(大徳寺には、千利休の墓がある。)そこで、水原は菊枝と会う。菊枝は水原がすみ子(麻子の母)との婚姻中に浮気をした芸者である。菊枝には既に娘があったが、水原は菊枝にもう1人の娘、若子を産ませていた。水原は、場合によっては若子を引き取っても良いと思っているが、菊枝は拒否する。
その頃、百子と麻子は水原の勧めもあって、都踊を観劇する。劇が終わって出て来ると、2人を青木夏二が待ち受けていた。夏二は、夕飯に招待したいと言う父の使いで2人を迎えに来たのだった。青木(夏二の父)は水原に、茶室の設計を依頼していた。百子は麻子に夏二が、百子のかつての恋人、青木啓太の弟であると紹介する。夏二は兄の啓太にそっくりだった。
そして、百子の過去が明かされる。5年程前、敗戦の色が濃くなっていた頃のことである。百子は青木啓太(夏二の兄)と恋をしていた。ある時、啓太は百子に乳房の型を取らせてくれと頼む。啓太が言う。「昔から水盃ということがあるでしょう。今も、特攻隊が出撃する時には、冷酒を飲ませてくれるんです。その最後の盃を、僕につくらせて下さい。その盃で、僕は人生に別れてゆきたい」。百子は承諾する。啓太は百子の乳房に石膏を垂らした。その後、啓太は隣室のベッドで百子を抱いた。終わると啓太は百子に背を向けて「なんだ。だめなひとだよ、あんたは・・・」と言う。百子は血が凍るようだった。百子は「その石膏をこわしてちょうだい」と言うが、啓太は拒否する。銀の乳椀は完成したようだった。1週間後、啓太は南九州の鹿屋航空基地に移動し、沖縄で戦死した。
夏二と麻子が、桂離宮を訪れる。啓太が戦死した後、軍から返却されたのは銀の椀のようなものだけだったと夏二が告げる。
しばらくたった後、百子は東京の自宅で銀の乳椀に酒をつぐ。それは啓太の父から譲り受けたものだった。
百子は、竹宮少年と箱根に出掛ける。竹宮少年は、女言葉を話し、百子に自分を捨てないで欲しいと懇願する。百子は竹宮少年との関係を「同性愛の変形に落ち込んでいる」と思う。朝、目覚めると竹宮少年の姿はなかった。
水原が青木のために設計した茶室が完成し、水原と百子は茶室開きのために京都へ招待される。百子は、竹宮少年の子供を妊娠していることに気付く。京都まで追って来た竹宮少年が、突然、百子の滞在する宿へやってくる。竹宮少年は、百子の首を絞めて殺そうとする。百子が竹宮少年の子を妊娠していると告げると竹宮少年は錯乱し「僕が子供じゃないか」と言って、部屋を出て行く。
東京に残っていた麻子から手紙が来て、百子は竹宮少年が箱根の山中で自殺したことを知る。
青木(啓太の父)が百子に言う。「百子さんは、どこかお悪いんじゃないですか。ひどくお疲れのようですな。京都で病気されると、僕の責任です。古くからの友人に、名医がいますから、こちらにいらっしゃるついでに、健康診断をなさい!」 百子は青木の勧めに従って入院し、そこで堕胎手術を受ける。
百子は見舞いに来た青木に、自分の妹に会わせて欲しいと頼む。退院後、青木の取り計らいで、料理屋にて、百子は妹の若子と会う。「きょうだいの盃をしますか」と青木が言い、百子は承諾する。しかし、若子は盃を持たなかった。
あらすじ、了