文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

背徳の美学(その22) 古都/あらすじ

「ああ、苗子さん、あたたかい。」

・・・そして苗子は、千重子を、抱きすくめた。

 

そう書いた時、老作家の魂もまた、人肌のぬくもりに包まれたに違いない。古都、そこはエロスを超えた美の世界だった。

 

古都/あらすじ

 

シーン1/春の花: もみじの大木の幹の中腹に上下に別れた小さなくぼみがあり、それぞれにすみれが咲いている。千重子は「上のすみれと下のすみれとは、会うことがあるのかしら。おたがいに知っているのかしら」と思ってみたりする。

千重子は、水木真一に誘われて平安神宮へ桜を見に出かける。2人はそこから清水寺へ回る。千重子は真一に「あたしは捨子どしたんえ」と言う。千重子が中学生の頃、父母は千重子に千重子をさらって来たのだと告げた。但し、さらった場所については父と母とで説明が異なる場合がある。それは夜桜の祇園だったり、鴨の川原だったりする。捨子では千重子が可哀想なので、あえて父母が嘘をついているのだと千重子は思う。

真一が千重子に尋ねる。「千重子さんは親に絶対服従か」。「はあ、絶対服従どす」。「結婚のようなことも?」「はあ、今はそのつもりどす」。千重子はためらいもなく、そう答えた。

 

シーン2/尼寺と格子: 千重子の父、佐田太吉郎は、50代後半で京呉服問屋の社長だったが、取引は番頭に任せていた。太吉郎は、嵯峨の奥の尼寺に隠遁していた。着物の下絵を描くのが趣味のようなものだった。千重子が森嘉の湯豆腐を持って、太吉郎を訪ねる。

帰宅すると母のしげは千重子に、家業を継がず、嫁に出ても良いと言う。家業は不振だった。母のしげは「お父さんと二人で、可愛い赤んぼの千重子をさらって逃げた」と言う。千重子は「お母さん、千重子は捨子やったんどっしゃろ」と尋ねるが、母は否定する。捨子だったのか、さらわれた子だったのか、千重子には疑問が残る。

 

シーン3/きものの町: 佐田太吉郎は、西陣(着物メーカー)の大友宗助を訪ねる。太吉郎は風呂敷を広げ、帯の下絵を見せる。娘の千重子のために描いたものだった。それは千重子がくれたクレーの画集をヒントにしたものだった。太吉郎はその下絵を元に帯の制作を宗助に依頼する。宗助は長男の秀男に織らせると言う。秀男を呼んで太吉郎の下絵を見せるが、秀男の反応はかんばしくない。腹を立てた太吉郎は、秀男の頬を殴る。殴られた方の秀男が太吉郎に謝罪するが、太吉郎の作成した下絵に対し「ぱあっとして、おもしろいけど、あったかい心の調和がない。なんかしらん、荒れて病的や」と感想を述べる。帰り道、太吉郎は帯の下絵を丸めて、小川に捨てる。

後日、太吉郎は妻のしげと娘の千重子を花見に誘った。出先で偶然、大友宗助と息子の秀男に出会う。秀男はしきりに千重子に話しかける。大友親子と別れた後、太吉郎は千重子に秀男と何の話をしていたのか尋ねる。千重子は「あたしは聞いてただけどす。なんで、あない、しゃべってくれはりましたんやろ。あたしなんかに、勢いづいて・・・」と言う。秀男は千重子に好意を持っているらしいのだった。しかし、千重子はふと真一のことを思い出す。

 

シーン4/北山杉: 千重子は友人の真砂子と連れ立って、北山杉を見に出かける。(北山杉とは室町時代から作り始められた高級建材で、茶室などの建築に用いられる。)2人は杉山から降りて来る女たちとすれ違った。彼女たちは皆、山の働き着を纏っていた。真砂子はその中の1人を見つけ「千重子さんにそっくりやないの?」と言う。

実は、千重子は店の門口に捨てられていたのだった。20年程前のことである。生まれたばかりの赤子だった。戸籍上は、太吉郎夫婦の嫡女として届けられた。

秀男が帯を持ってやって来る。太吉郎が尼寺で描いた下絵に基づくものだった。下絵は捨てたのに、秀男は何故、帯を織ることができたのか。秀男は「あれだけ拝見させてもろたら、まあ、頭にはいっとります」と言う。また、一度は批判した下絵に基づき、何故、秀男が帯を織ったのか、太吉郎は不審に思う。「心の調和がない、荒れて病的や―言うたんは、秀男さん、あんたやないか」と言う。秀男はあの時のことを「つかれて、頭がいらいらしとりましたんどす」と答える。また「植物園で、お嬢さんに会うてから、また考えました」とも言う。太吉郎は千重子を呼んで、帯を見るように言う。千重子はその帯を気に入ったのだった。

 

シーン5/祇園祭: 祇園祭に際しては、着飾った稚児が馬にまたがり祇園社へまいる習慣がある。水木真一も7つか8つの頃、この稚児を演じたことがある。同年齢の千重子も、ついて回ったのだった。

祇園祭の最中、千重子は七度まいりをしている娘が眼に止まる。娘は食い入るように、千重子を見つめた。千重子は娘に「なに、お祈りやしたの?」と尋ねる。娘は「姉の行方を知りとうて・・・。あんた姉さんや。神さまのお引き合わせどす」と言って、涙を流す。娘は「ふた子やいうことどすさかい、姉か妹か、わからしまへんのやけど・・・」とも言う。娘の両親は、早くに他界したとのこと。千重子は動揺した。娘の名は苗子といった。ふた子とはいえ、身分ちがいになっていると、苗子は見てとった。(千重子の家の商売は不振に陥ってはいたものの、老舗の呉服問屋である。)苗子は「お話は山ほどおすけど、いつか、村へ来とくれやす。杉林のなかやったら、だれにも見つからしまへんさかい」と言って、立ち去る。

20年も前のことで、親はふた子が、恥ずかしいばかりでなく、ふた子は育ちにくいとも言われていたし、また、暮らしも考えて、千重子を捨てたのかも知れなかった。

 

シーン6/秋の色: 太吉郎は電車で中年の女に出会う。女は上七軒(京都の花街)のお茶屋(芸妓を呼んで客に飲食をさせる店)のおかみだった。女は、「ちいちゃん」と呼ばれる十四五の少女を連れていた。太吉郎は少女に「あんた、いくつや」と尋ねる。少女は「中学の一年どす」と答える。太吉郎はおかみと共に北野神社へ行く。そこで「ちいちゃん」とは別れる。太吉郎はおかみの運営するお茶屋へ行く。若い芸者が1人、やって来る。芸者は出て三日目に嫌な客からキスをされ、客の舌をかんだことがあると言った。客は出血した。

千重子は秀男に、苗子の帯を織り、それを直接苗子に届けるよう依頼し、秀男はこれを承諾する。

千重子はバスに乗って、苗子の住む北山町へ向かう。苗子は千重子を杉林へ誘い、二人並んで腰かける。夕立がやって来る。雷鳴が轟く。苗子は「千重子さん、膝を折って、小そうおなりやす」と言い、千重子の上に覆い被さった。千重子は「あたしをかばって、あんた、ずぶぬれやないの」と言う。千重子は苗子のからだの温もりを感じる。

帰宅後、千重子は苗子との一件を母のしげに話す。

 

シーン7/松のみどり: 太吉郎は妻のしげと千重子を伴って、売家を見に行く。しげは太吉郎が商売を止めて引退するのかといぶかる。しかし、その物件の近くには料理旅館があり、太吉郎は購入意欲を失う。千重子の提案で、3人は服地を扱っている「竜村」へ寄る。そこで千重子は真一の兄である竜助に会う。竜助は千重子に「お店の番頭さん―会社やから、専務か常務かしらんけど、いっぺんね、千重子さんから、きつうあたっておみやす」と言う。竜助は、太吉郎の会社で経理の不正が行われているのではないかと疑っていたのである。翌日、千重子は会計を預かっている植村に自分用の着物1着を至急、織りあげるように命じる。(本当は、苗子用のものである。)そして千重子は植村に帳簿も見せてくれと言ってみる。

秀男は千重子から頼まれた帯を織りあげ、それをもって北山町へ苗子を訪ねる。苗子は菩提の砂を用いて、杉丸太を手でていねいに洗っていた。苗子の元には千重子から着物や草履が送られていた。苗子は秀男を川原に誘う。そこで、出来上がった帯を見るのだった。秀男は苗子に千重子から送ってもらった着物にこの帯を締めて、時代祭に来てくれるよう頼む。秀男は苗子に惹かれてゆくのだった。

秀男と苗子は約束通り、時代祭で再会を果たした。

 

シーン8/秋深い姉妹: 竜助と真一が、千重子を訪ねて店へやって来る。竜助は番頭の植村に対し、それとなく釘を刺す。

秋の北野おどりがあって、太吉郎は茶屋から入場券を受け取る。太吉郎はそれを見に、1人で出かける。その後、この前の茶屋へ立ち寄る。太吉郎は、客の舌をかんだという芸妓を呼ぶ。「今でも、かむか」と尋ねる。芸妓は「よう、おぼえといやすな。かましまへんさかい、出しとおみやす」と言う。太吉郎が舌を出すと、芸妓がそれを吸った。太吉郎は芸妓の背を、軽くたたいて「あんた、堕落したな」と言う。

苗子から千重子に電話が入る。苗子は「千重子さんにお会いして、お聞きしてもらいたいことが、じつは、できたんどす」と言う。千重子は、翌日、苗子に会うため、北山杉の村へ行くことを約束する。

 

シーン9/冬の花: 苗子に会いに出かける前、千重子は父の太吉郎に挨拶する。太吉郎は千重子に「その子にな、なにか、苦しいこと、困ったことが、できたんやったら、うちへつれといで・・・。引き取るわ」と言う。

千重子は北山杉の村で苗子に会う。苗子は「じつは、秀男さんが、結婚してほしい、お言いやして、それで・・・」と言う。また苗子は「秀男さんの胸の底の底には、深う、千重子さんがはいっとんのやすやろ。(中略)秀男さんはあたしに、千重子さんの幻を見といやすのどっしゃろ」と言う。2人の間でしばらく押し問答が続く。そして、千重子が言う。「うちの店へ、一度、おいでやす。(中略)せめて、一夜だけでも、苗子さんと、いっしょに、寝てみとおす」。

太吉郎が承諾した上で、太吉郎の店へ竜助がやって来た。竜助は番頭や店員を集め、品調べを行ったが、その日は何も言わずに帰って行った。その晩、千重子の家の格子戸を叩く者があった。苗子だった。苗子は千重子の両親に挨拶をした後、奥二階にある千重子の部屋へ行き、おしゃべりをする。ふとんを敷くと苗子の床へ千重子が潜り込む。「ああ、苗子さん、あたたかい」と千重子が言う。苗子は、千重子を抱きすくめる。

翌朝、早くに苗子は起きて、千重子を揺り起こして言う。「お嬢さん、これがあたしの一生のしあわせどしたやろ。人に見られんうちに、帰らしてもらいます」。千重子は起き上がって「苗子さん、雨具おへんやろ。待って」と言い、自分のいちばんいい、びろうどのコオトと、折りたたみ傘と、高下駄とを苗子にそろえた。「これは、あたしがあげるの。また、来とくれやすな」と千重子は言ったが、苗子は首を振った。千重子は格子戸につかまって、苗子を見送ったが、苗子は振りかえらなかった。町はさすがに、まだ、寝しずまっていた。

 

あらすじ、了