昨年の暮れから、ほぼ半年に渡って、私は川端文学と共に過ごしてきた。1人の作家にこれ程魅了されるという経験は、実は、初めてである。川端文学には、人の心を癒す力がある。時代を超えて読み継がれている理由が、そこにあると思う。
さて、このシリーズ原稿を終了するに当たり、いくつかの書き残した事柄を拾い上げてみることにする。
まず、川端の文体について。次の短文を読んでみて欲しい。
- 箕面山は豊野郡箕面村にあり。往昔(おうせき)より観楓(かんぷう)の地にして、且つ滝を以て著わる。近年電鉄大阪より通じ、動物園も設けられ、その名一層高くなりぬ。-
注)観楓とは、もみじを鑑賞すること。
これは、川端が小学6年生の時に書いたものだと言うから、驚く他はない。次に、「伊豆の踊子」の書き出しを見てみよう。
- 道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。-
情景が目に浮かぶ。「天城峠に近づいた」と思ったのは「私」であるが、後段の「私を追ってきた」のは雨脚である。雨脚が擬人化されている訳で、躍動感が溢れる。自然描写においては、動きを捉えることが大切なのだが、この一文においても、雨脚が杉の密林を白く染める、私を追って来る、など動的な表現が重ねられている。文章の長さとしても、適切だと思う。これ以上長くなると読みづらいし、これ以上短いと味わいが薄れるように思う。しかし、この息の長さで文章を書くというのは至難の業であり、簡単に真似のできることではない。
「伊豆の踊子」は、不思議な作品である。その読み方は、読者の年令や経験と共に変化するのかも知れない。これを素直に読めば、「美少女礼賛小説」ということになる。しかし、この理解では、最後の同性愛的なシーンの説明がつかない。もう少し深く読めば、「青年の魂救済小説」となる。しかし、この理解では何故、差別を強調する記述があるのか、疑問が残る。そこで私は、この作品を「深層の世界を記述する小説」であると理解することにした。人間の表層の世界は、身分や学歴が支配的である。これに反して、人間の無意識が織りなす深層の世界において、そのようなものには何の力もなく、人間の本当の姿、美しさが力を持つ。このように解釈すると、最後の同性愛的なシーンも、差別を強調する記述についても説明が可能となる。「伊豆の踊子」はこれだけの深さを持った、名作なのだ。
次に「雪国」の校正の経緯については、既に述べた通りだ。まず、「旧版」と呼ばれるものが完成し、それが校正され「決定版」ができて、更に、手が加えられ「定本」となった。何故、これ程までに繰り返し手が加えられたのか。「決定版」が出されたのは、川端の全集刊行に関係しているのではないか。問題は、その後の「定本」が出された理由である。それは、川端の自殺の直前だと言える時期である。つまり、川端はこの時点で自殺の意思を固めていたのではないか、というのが私の見方である。言うまでもなく「雪国」は川端の代表作の1つである。死後においても読み継がれるだろう。そこで、どうしても納得のできるものにしておきたかったのだと思う。
川端は遺書を残さなかったので、死の理由は判然としない。あえて想像すると、耐えきれない程の悲しみを背負ってしまったのが、その理由ではないか。また、川端の自殺には三島の自決が関係しているという説と、それとは無関係だとする説の双方がある。私としては、三島の自決が、川端が背負った悲しみの中の1つであったことは確実だと思う。また、三島の自決が、倒れかけた老木のような川端に対する、最後の一押しとなったのだろうと思う。三島の自決と、川端が「雪国」に手を加えた時期が近接していることから、そう思うのだ。
1970年11月25日: 三島由紀夫自決。
1971年 1月24日: 三島由紀夫の葬儀。(葬儀委員長は川端)
1971年8月15日: 「雪国」(定本)刊行。
1972年4月16日: 川端康成自殺。
「古都」については、これを都市小説だとする説がある。しかしこの表現は、本質を突いていない。京都には、今でも日本の文化や伝統が息づいている。だからこそ京都が舞台に選ばれたのである。この作品は、むしろ文化小説と呼ぶ方が適当だろう。そこには、人間を優しく包摂する文化と、文化に抱かれながら強く生きようとする人間の姿が描かれているのだ。
最後になるが、私は川端作品における無意識の世界について、エロス、狂気、死、美の4つを構成要素として掲げた。このうち、最初の3つは、人間の世界に当然のこととして存在する。男と女がいれば、そこにエロスが生まれる。狂気も決して異例なことではなく、私たちの日常の中に見ることができる。会社に行けばうつ病で休んでいる社員は珍しくないし、日本では年間800件程度の殺人事件が起こっているらしい。死も同じで、長く人間稼業をやっていると、近しい人の死を経験する。そして、最後には自分の死と向き合うことになる。しかし、美は違う。美は、私たちの現実の中に、当たり前のように存在する訳ではない。それは追い求めた人だけが発見できる、特別なものなのだ。そのことを川端は、とりわけ「古都」という小説は、私たちに訴えかけているのである。
シリーズ原稿「背徳の美学」は、これにて終わります。