私たちは、秩序の中で生きている。この点、異存のある人はいないだろう。では、この秩序はどのように出来上がっているのだろう? 1つには権力というものがあって、これが秩序を維持している。権力には3種類あって、それは暴力、権威、経済である。
暴力は個人間で生ずるものもあるし、国家間で生じる暴力は、戦争と呼ばれる。
権威の典型は、宗教である。神とか教祖を祀りあげて、そこに近い者から序列が生まれる。学歴や職歴などもこの権威から生まれる。昔から人間は権威に弱く、未だにテレビや新聞で報道されることを信じてしまう人が多い。疑いの眼をもって、情報を取捨選択する能力をリテラシーと言うが、そんな能力を持っているのは一部の人だけである。
経済を背景とした権力というものもある。人間はこの経済的な利益にも弱いのであって、お金や何らかのプレゼントを渡されると、ついその人の言いなりになってしまう。
但し、秩序を形成する要素としては、もう1つ、科学を挙げておく必要がある。
例えば、交差点を横切る時、私たちは信号を見て、その指示に従っている。どういう仕組みになっているのか知らないが、信号機とは、本当に良くできているなあ、と私などは日々、感心している。こっちが青の時は、あっちは赤なのである。こっちもあっちも青ということはない。これも世の中の秩序維持に貢献している。ここまでの話を式にしてみよう。
秩序 = 権力(暴力 + 権威 + 経済) + 科学
一体、いつ頃からこのような仕組みになったかと言えば、多分、約300年前にイギリスで発生した産業革命が、その起源ではないか。以後、様々な科学的発明がなされ、その都度、人々は驚き、感動してきたのだと思う。とりわけ、ライト兄弟が飛行機なるものを発明し空を飛んで見せた時、人々は度肝を抜かれたに違いない。
科学は、権力に協力し、様々なアイテムを提供してきた。例えば、科学は新たな武器を開発することによって、暴力を助長した。科学は大学というシステムを利用して、アカデミズムという権威を確立した。但し、科学が最も貢献したのは、経済ではないか。科学は次々に新商品を提供し、経済の発展に貢献してきたのである。
科学者や経済人は、必ず、人類には明るい未来が待っていると言う。しかし、そんな言説が信じられたのは、実は20世紀までの話ではないか。武器については、核兵器が開発された時点で、頭打ちとなった。大学の権威も、低下しつつある。博士課程まで行ったような高学歴の人材は、かえって就職難に見舞われているらしい。キャリア官僚になった人も、結構、離職率が高いらしい。そもそも、人間の暮らしの基本というのは、メシを食って、風呂に入って、寝るというシンプルなものだ。このサイクルに必要な科学的発明は、ほぼ、出尽くしたのではないか。例えば、あなたは現在の暮らしの中で、不便を感じるだろうか。私は、古いマンションに暮らしているが、不便を感じることはない。
これからも科学の力で様々な発明がなされるだろうが、問題は、そのような発明が人々の暮らしに必要とされるか、という点である。換言すると、科学の側は様々な商品を供給できるだろうが、それを受け入れる需要の側に、最早、余地が少ないのである。先ほどの式を再掲しよう。
秩序 = 権力(暴力 + 権威 + 経済) + 科学
この式から科学を削除すると、残るのは権力だけということになる。すると権力者たちは、今まで以上に暴力を振るい、権威に依存するだろうが、経済的には困窮していかざるを得ない。そして、権力者たちが何を目指すかと言うと、1つには戦争で、もう1つは増税である。増税をして国家予算を膨らませ、そこから補助金などの形で中抜きをするのである。
私は、戦争も増税も嫌だ。では、他に進むべき第三の道はあるのか、と考える訳だが、私は、それこそが文化的成熟の道だと思う。