文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

魂の証明(その2) 身体について

 

身体というのは、とても難儀なものだ。こんなものがあるから、人間は不便で仕方がないのである。時間が経てば腹が減るし、眠たくもなる。怪我や病気をすれば、痛くて仕方がない。いっそ、こんなものとは離れて、私という生命体を維持することはできないだろうか。私は常日頃からそう思っている訳だが、あなたはどうだろう?

 

さて、そんな身体について、ソクラテスはどう考えていたのだろう。「パイドン」から、何か所か抜粋させていただこう。

 

(参考: パイドン-魂について/プラトン著/納富信留訳/光文社古典新訳文庫)

 

- (前略)肉体によっては真なる仕方で本当に思考することさえ、けっして何一つ私たちには可能とならない。それは、戦争や内乱や戦闘も、肉体やその欲望が生じさせるものにほかならないからだ。つまり、金銭の獲得のためにあらゆる戦争が生じるのだが、それは私たちが金銭を獲得することを肉体によって強いられるからである。私たちは肉体への配慮の奴隷となっている。それゆえ、私たちは肉体が原因で知を愛し求める余裕を失うのである。(P. 51)-

 

- 浄化とは(中略)魂をできるだけ肉体から離すこと、そして魂をそれ自体として、あらゆるところで肉体から離して一つに集結し凝集するのに慣れさせること、そして今現在においても、来るべき時でも、魂をあたかも縛(いまし)めのような肉体から解き放ちながら、できる限りそれ自体単独に住まうこと、これではないか。(P. 55)-

 

- 魂の肉体からの解放と分離こそ、知を愛し求める哲学者が練習してきたことなのだ。(P. 56)-

 

上記の引用箇所から読み取れることは、ソクラテスが次のように考えていたということだろう。まず、肉体と魂の2項対立で考えていたということ。そして、肉体は邪悪なものであり、叡智に近づくことができるのは魂であるということ。肉体と魂を分離することが可能である、ということ。

 

ちなみに、ソクラテスは著作を1冊も残していない。今日の私たちが知り得るソクラテスの言動は、ほぼプラトンの著作を通じてである。特にこの「パイドン」という作品には、ソクラテスの思想のみならず、プラトンの考え方が混在していると言われている。便宜上、ここでは全てソクラテスの思想として扱う。また、肉体と魂の2項対立を措定する考え方は、心身二元論と呼ばれる。プラトンがその初期型を作り、その後、デカルトが発展させたと言われている。しかし、例えば、人間は悲しいと涙を流す。従って、心身は分離できないというのが最近の考え方である。脳科学も、そのような立場を採っているらしいが、ここでは人間にとっての本質的な大問題を論議しているのであり、脳科学などという低俗な科学ごときの出番ではない、と私は思う。

 

さて、魂の肉体からの分離を練習するのが哲学者であるならば、肉体の軛(くびき)に身を委ねるのが大衆だということになる。現代日本においても、このことは妥当する。例えば、グルメブームがあり、健康オタクなる人種が増え、人々は着飾り、スポーツやダンスに夢中になり、芸能人の不倫ネタを追い求める。それが大衆の正体である。大衆の興味の中心には、必ず身体があるのだ。

 

一方、歴史に名を残すような偉人たちの多くは、この身体という問題から自らを遠ざけ、若しくは疎外されてきたに違いない。

 

ソクラテスは、醜男(ぶおとこ)だったし、その妻、クサンティッペは悪妻だったと言われている。もしソクラテスがキムタクのような美男子だったならば、今日の哲学は全く違ったものになっていたかも知れない。

 

幼少期の三島由紀夫は、病弱でやせ細っており、アオジロなどと呼ばれていた。そのことは、三島のコンプレックスとなっていたに違いない。やがて、31才になった三島は、ボディービルを始め、剣道や空手などの武術にも励んだ。そうすることによって、三島は、自らのコンプレックスを克服したのではないか。肉体は、三島にとって、その美学にも関わる重大な要素だったのである。

 

ミシェル・フーコーも、肉体という領域に安住することはできなかった。ゲイだったからである。そのことは彼を苦しめた。そこから飛躍することによって、彼はポストモダンを代表する思想家になったと言えよう。ちなみにフーコーは哲学者として紹介されるケースが多いいが、中には歴史学者とする場合もある。この方が、適切かも知れない。