古代ギリシャについて調べていると、文明の起源のようなものが見えてくる。簡単にその経緯を記してみたい。
最も古い文明の足跡は、輪廻転生という世界観と神話にあるようだ。これらは宗教が生まれる遥か以前から存在していた。
例えば、爺さんが死んだとする。ある日、突然、爺さんが動かなくなる。現代人であれば、心配停止だとか、脳死などの概念により、死を理解することができる。しかし古代人は、そうはいかない。何故、爺さんは動かなくなったのか。動いていた爺さんにはあって、死んだ爺さんは失ってしまった何かがあるはずだと考えた。そこで、魂というものが措定されることになる。生命とは、身体と魂によって構成されており、死とは身体から魂が離脱することを意味する。すると魂はどこかへ行く訳だが、そこで概念上、あの世だとか、天上の世界というものが想像される。そこで何らかの審判を受け、この世で良い人間であった場合には褒美が、悪い人間であった場合には罰則が与えられる。そして、魂は再び地上に舞い降り、誰かの身体に憑依する。これが世界的に流布していた古代人の世界観だった訳だ。
ソクラテスやプラトンが、身体と魂を分離せよとか、魂に配慮せよと述べていたのは、1度限りの生命である身体よりも、不死の魂の方が重要だという意味を含んでいたのだと思う。
この輪廻転生という世界観は、人間が文字を持つ以前から口頭で伝承されていたもので、いつ発生したのかは、分からないらしい。
次に神話だが、こちらも文字以前に発生したもので、その発生時期を特定することはできない。但し、紀元前8世紀にホメロスという吟遊詩人が書いた「イリアス」という神話が残っており、これが世界最古の文学だと言われている。
ここに私は、神の正体を見る思いがするのだ。神の正体とは、言葉なのだ。そして、文学が最初に行った仕事とは、神を生み出すことだったのである。このように考えると、文学の重みが分かる。文学が神を生み、神を信仰する人間によって社会が統治され、時に戦争を繰り広げ、人類の歴史を作ってきたのである。
別の観点から言えば、言葉によって神を生み出した瞬間とは、それは人間が知性を手に入れた瞬間でもあった。そしてそれは、人間が文化を紡ぎ始めた瞬間でもあったはずだ。つまり起源まで遡ると、知性と文化とは同じ根を持っていたことになる。
輪廻転生と神話。どちらが先だったのかは、未だに分からない。しかしこの2つが、ソクラテスやプラトンが生きた時代の思想的な基盤をなしていたのである。
少し、主要な思想家を順番に見ていきたい。
ソクラテス以前に、ピュタゴラス派と呼ばれる思想家集団があった。代表者は、ピタゴラスである。彼らは哲学と言うよりも、数学、天文学、音楽などを研究対象にしていた。後にプラトンは教育理論の中で、これらを教えるべきだと述べている。
〇 ソクラテス(前470年頃~前399年)
哲学の始祖。お金や名誉のことばかり気にせず、人間の英知や真理、そして魂について配慮せよ、と主張した。ソクラテスの主要な主張は、この「魂に配慮せよ」という点と「不知の自覚」にある。「不知の自覚」とは、人間は死後のことについては分からない。それは「人間に許された知恵」の範囲外にある。分からないことを恐れるのは、論理矛盾だ。従って、死を恐れてはならない、という文脈で語られる。要約すると、ソクラテスの主張の本質は、この世におけるお金や名誉のことばかり気にかけるな、死を恐れるな、英知を目指せ、ということだと思う。対話に終始し、著作は残さなかった。
〇 プラトン(前427年~前347年)
ソクラテスの弟子。ソクラテスを登場人物とする対話篇の著作を多数残した。代表作は「国家」。身体の死後、魂はイデアに触れると説いた。イデアとは真理のことで、人間が魂への配慮を続けると、魂はかつて触れ合っていた真理を思い起こす、と説いた。イデア論はプラトンのオリジナルで、師匠であるソクラテスの哲学(魂への配慮)を補完している。イデア論は輪廻転生という世界観に基礎を置き、そこに真理(イデア)との接触を加味した思想。「洞窟の比喩」などにおいて、認識論の先駆けとなる。
〇 アリストテレス(前384年~前322年)
プラトンの弟子。アレクサンドロス大王(ポリスを解体した)の家庭教師を務める。師匠であるプラトンの哲学に対立し、イデア論を否定する。現実変革を志す情熱に満ちたプラトンに対し、アリストテレスの思想は静かな諦念であったとする説もある。
〇 エピクロス(前341年~前270年)
少数の富裕大地主の出現に対し、莫大な数の奴隷が発生し、失業者はギリシャ世界を放浪する武装集団になった。これが古典ギリシャにおけるポリス社会崩壊の末路である。エピクロスは、このような乱世の只中を生きた。原子論を基軸とした宇宙観を展開。全宇宙のすべての存在者の究極の構成要素は、物質と空虚であり、それ以外には何もない、と説いた。後世の存在論や物質主義に影響を及ぼした。
〇 ストア派(前300年~後100年)
400年以上に渡って続いた学派である。始祖であるゼノンは、いわゆる世間的な価値、富、名声、社会的地位、容姿などを真の幸福には無関係なものとして蔑視し、ただ、自然に従って生きること、若しくは、有徳であることのみを幸福の要件とした。ソクラテスを始祖として尊敬していた。ストア派の後期は、ローマ帝国時代に及び、その時代の哲学者としてセネカなどがいる。
〇 クレメンス(後150年頃~215年頃)
青年期に別の宗教からキリスト教へ改宗した。プラトンやストア派の哲学に詳しく、それらに基づくキリスト教の教義を広めた。
この時代の経緯を振り返ると、まず、輪廻転生と神話があり、そこから文化と知性の萌芽が生まれる。厳しい時代環境の中にあって、様々な哲学者や文学者の試行錯誤を経て、その萌芽は数学、天文学、宗教などへと分岐していく訳だ。そこに哲学が果たした役割は、大きい。例えば、ギリシャ哲学をベースとして、ローマ法という法体系が生まれ、それが今日の大陸法(ドイツ法、フランス法、日本法など)や英米法の基礎をなしている。また、反権力としての哲学が、権力を生み出す宗教の成立に一役買っていたというのは、私にとっては驚きである。多分、長い時間の経過と共に宗教が堕落し、哲学から離れていったのではないか。
文化と知性の違いについても、見えてくるものがある。文化とは、既存の何かを守り続けることである。それは多くの人々の営為によって、長い時間をかけて、地域や民族に浸透していくものだ。だから文化とは、防衛するものであって、作り出すものではない。他方、知性とは、新しい何かを発見し、又は発明することに主眼が置かれている。これは1人の天才によってもなし得る。例えば、コペルニクスの地動説、ダーウィンの進化論、アインシュタインの相対性理論などが、人間の知性を飛躍させてきたのである。
文化と知性は同根である訳だが、同じ場所に立ち止まろうとする文化から、知性の方は足早に立ち去ろうとしてきたように思う。そして、今日の文明において、両者は激しく対立しているに違いない。文化の中核をなすのは相変わらず言葉で、これは精神主義的だと言えよう。他方、知性の方はもっぱら物質にその主眼を置くようになり、物質主義的だと言える。文化vs知性。精神主義vs物質主義。言葉vs物。これが現代文明における、最大の対立軸ではないか。