文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

ロゴスへの告発、エロスからの反逆

 

アンティゴネをネットで検索していたところ、ある絵画を見付けた。杖を付いた老人がいる。老人は、若くて美しい娘の肩を借りている。これは「コロノスのオイディプス」の終盤を描いたものに違いない。ロゴスとしてのオイディプスと、エロスを象徴するアンティゴネ。その統合を示している。溜息が出る程美しい、と私は思った。

 

思うにソポクレスの作品に登場する人物は、過酷な運命に抗いながらも、素朴で、真面目で、嘘をつかずに生きている。当時(前5世紀)の人々が幸福だったのか、それは私には分からない。しかし、彼らが真実の世界に生きていたことは確かだと思う。ロゴスとエロスが激しく対立し、そこから人間の生きる力が生まれ、両者を統合する文化が息づいていたのだ。

 

さて、少し文化の変遷について考えてみたい。人間心理の深層に集合的無意識や元型があって、それらが、集団で行う祭祀、個人で行う呪術、そして神話を形づくっていたのだろう。便宜上、これらの祭祀、呪術、神話を総称してシャーマニズムと呼ぶ。シャーマニズムは長い時間を掛けて、洗練され、様式を育み、文化へと昇華されてゆく。文化の本質とは何かと考える訳だが、それは人々の暮らしに寄り添うもので、ロゴスとエロスを統合する、ということにあったのだと思う。だからこそ文化は、人間集団を支えてきたのである。

 

文化 = ロゴス + エロス

 

そして、この公式に最初に異議を申し立てたのが、ソクラテスとプラトンである。ソクラテスは神話的な死生観に疑義を唱え、死を恐れてはならないと説き、自ら怖れずに死んでみせたのである。そしてプラトンは、「饗宴」という作品の中で「美の梯子」(エロスの道)という説を唱え、エロスから出発しロゴスに至るのが正しいステップだと説いた。つまり、巧妙にロゴスをエロスよりも上に位置付けたのである。ここから西洋のロゴス中心主義(理性中心主義)が始まったのかも知れない。思うにソクラテスは、ロゴスに立脚しながら、主体的に思考した。そしてソクラテスは、シャーマニズムやエロスを否定した訳ではなかった。それがプラトンになると、上記の通り、エロスに対する攻撃を開始したのである。私がソクラテスを評価し、プラトンに対しては懐疑的である理由が、ここにある。

 

更に時代が下ると、ギリシャ文明を継承しつつも、キリスト教を国境と定めたローマ帝国が出現する。ギリシャ文明においては、「オイディプス王」や「ソクラテスの弁明」にも登場するデルポイにあるアポロン神殿で行われていた神託が、極めて重要な役割を果たしていた。しかし、ローマ帝国の皇帝が求めたところ「キリスト教が帝国を滅ぼす」との神託があり、皇帝は激怒した。こうして後392年にデルポイの神託は廃止された。また、一神教を旨とするキリスト教は、多神教のベースとなっているギリシャ神話を排斥し、ゼウスやアポロンをデーモンだと主張した。

 

こうしてキリスト教の時代が始まる訳だが、キリスト教の教義のみが思想として容認され、教会は信徒に性的な逸脱や経験を具体的に語らせることにより、自ら罪を認めさせ、マインドコントロールを行なったのである。その経緯については、ミシェル・フーコーの「肉の告白」に詳細が記されている。こうして、キリスト教が支配する暗黒の千年が続いたのである。

 

14世紀になると、厳格なキリスト教に対する反動として、ルネッサンスが勃興する。この潮流に乗って、古代ギリシャの文化が脚光を浴びたのである。但し、ルネッサンスを支えたのは王侯貴族などのエリート層で、庶民の間では魔女狩りが始まった。魔女狩りは17世紀まで続いた。

 

17世紀になると科学革命が起こる。主なプレイヤーは、ガリレオ・ガリレイ、ルネ・デカルト、フランシス・ベーコンらである。こうして始まった西洋の近代哲学、すなわちロゴス中心主義(理性中心主義)は、サルトルまで続く。但し、この時代でもエロスを重要視した思想家等はいて、ニーチェ、フロイト、サルトル、そしてアンティゴネを高く評価したヘーゲルなどが、その例である。

 

その後、レヴィ=ストロースが登場し、構造主義が生まれる。人間があたかも自由な存在であると信じていたそれまでの思想家たちに対し、人間は自由ではなく、実は構造の中に閉じ込められていると主張した。その観点から言えば、構造主義はロゴス中心主義に対するアンチテーゼとはなったが、エロスの救済を主張するには至らなかった。

 

そして、ミシェル・フーコーが登場し、「言葉と物」が刊行される。ここでフーコーは、ある時代のある社会が共有している科学的知見や常識などをエピステーメーと呼び、それを批判したのである。エピステーメーとは元々、古代のギリシャ語で、知識という意味を持っていたが、フーコーの文脈で使用される場合は、一般に「知の枠組み」と訳される。このフーコーの主張は、構造主義的である。但し、フーコーの真骨頂は、その遺作「性の歴史」にある。このタイトルの意味は、西洋史において、暴走するロゴスに蹂躙され続けるエロスの歴史という意味だろう。ここでフーコーは、人間が主体性を回復するにはどうすれば良いのか、という問題に取り組んだ。ちなみに、その第4巻「肉の告白」において、フーコーはキリスト教が、信徒に性的経験を告白させることによって、いかに信徒の主体性をはく奪してきたのか、ということを詳細に述べているが、それを否定する言説が含まれていないのだ。こんなに酷い歴史があったのに、何故、フーコーはそれを否定しないのか、と思って私は幻滅した訳だが、AIによれば、著作の中では事実のみを忠実に記し、事実に対する評価は講演の中で赤裸々に述べるのがフーコーのスタイルだとのこと。(フーコーの講演録は、多く出版されている。)

 

こうして駆け足で西洋史を見てきて思うのは、結局、主体的なロゴスとエロスが対立し、それを文化が仲裁するという、ある意味、理想的な真実の人間社会が存在したのは、古代ギリシャしかないということである。あくまでも西洋においては、という意味だが。そして、そのように人間が奴隷化された現実を改変するためには、3つの方策があって、1つはロゴスの内部に立ち、そこからロゴスの矛盾を告発するという方法である。フーコーの立ち位置がこれに当たる。もう1つは、ロゴスの外に出て、つまりエロスの側に立って、ロゴスに反逆を試みるという方法だと思う。そして3つ目は、ユングが述べたようにロゴスとエロスの境界線に立ち、統合を目指すという立場ではないか。