文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

No. 217 第11章: 現在事実、記号、そして情報(その1)

 

文化領域論につきましては、当初から目次を公表し、第10章までは目次通りに掲載してまいりました。しかし、目次を作成してからそれなりの時間が経過し、私の心変わりも生じております。悩ましい所ではありますが、当初の目次通りに進めるより、少しでも充実した原稿を掲載することの方が大切ではないかと思い、少し変更して記載してみることにしました。

 

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いきなり脱線して恐縮です。上の写真にある石は、実は、昨日拾ったものです。近所のコンビニへ行く道すがら、見つけたのです。手に取ってみると、その複雑な形に魅力を感じ、持ち帰りました。工夫して、石を立てかけてみました。それだけだと寂しいので、木彫りの象を置いてみました。写真のタイトルとしては、「象が立ち去る」というのはどうでしょうか。岩陰から象が現われ、そして立ち去っていく。そんなイメージです。何をしているんだ、という気がしないでもありませんが、どうやら私は古代人のメンタリティを獲得したようで、ささやかな写真ではありますが、こんなことでもしているとちょっと楽しいのです。

 

さて、終戦記念日の時期になりますと、人生の諸先輩方が、戦時中の話を語ります。中には、想像を絶するような極限状況が語られる場合もあります。そうか、それは大変だったなあ、絶対に戦争を繰り返してはいけないなあ、と思います。しかし、それだけではなく、ちょっとした違和感を覚える場合もあります。何か語り手が、戦争を知らない私のような人間よりも優位に立っている。そんな気配を感じてしまうのです。それと同時に、先輩諸氏の話は、「物語的思考」だなあと思うのです。彼らは明らかに、「過去」について語っている。そしてその時、自分がどう感じたか、何を思っていたか、ということを語る。しかし、そこで語られていることが事実なのかどうか、それは分からない。何か、意図的に消去されている事柄もあるだろうし、ちょっと付け加えられている事もあるのではないか。そもそも、「物語的思考」というのは、そういうものだろうと思います。

 

戦争体験とは異なりますが、典型的な例としては、昔の偉人がこうおっしゃった、というパターンもあります。「昔、お釈迦様はこうおっしゃった」という具合です。だから、それが真実なんだという主張になる訳ですが、論理的には飛躍がある。その飛躍の部分は「お釈迦様ほど偉い人がおっしゃったのだから、間違いはない」ということで、説明を回避している。こういう話が得意なのは、宗教家と文学者ではないでしょうか。論理的に考えた場合、彼らの話というのは、はなはだ分かりづらい。

 

「物語的思考」というのは、経験から導かれているのではないか。これって、漢方薬に似ていると思うのです。経験的にこういう痛みには、この草が効くということを人間は知っている。そして、何故効くのかは分からないが、人々は今でも漢方薬を使っている。それと同じで、「物語的思考」というのは人間の経験の積み重ねがあって、論理的に何故そういう結論が導かれるのか説明はできないが、経験的にそうであることを知っている。そういうものではないでしょうか。

 

それはそれで、貴重な人間の知恵だと思います。しかし、反面、「物語的思考」は危険性を孕んでいる。作家で、今は出家されている瀬戸内寂聴さんが少し前に死刑制度について語ったことがあります。当初、彼女は「死刑のような野蛮なことをするのは馬鹿者だ」というようなことをおっしゃった。すると直ちに、犯罪被害者の遺族らから反論が巻き起こった。被害者感情を何と心得るか、ということです。そして、寂聴さんは「大馬鹿者は、私だった」と言って謝罪したのです。このような問題について語る際には、当然、法律論の基礎程度は心得ておかなければならない。法律とは、すなわち「論理的思考」のことです。

 

多分、年寄りの昔話や「物語的思考」には辟易する、という人は少なくない。経験とは、あくまでも個人的なものだと思うのです。同じ戦争体験でも、そこで経験された事柄というのは、十人十色のはずです。家を焼かれてしまった人もいれば、家族を失った人もいる。そのことを語り、聞き手に何かを伝えるためには、経験を対象化し、普遍的な原則のようなものを導く必要がある。加えて、昨今のように変化の激しい時代になると、過去の経験が役に立ちづらくなっている。

 

では、現代という時代は、どういう時代なのか。ネットで、こんな時代区分を唱えている人がいました。

 

狩猟の時代
農耕の時代
工業の時代
情報の時代

 

この時代区分は、概ね、私の認識に合致します。そして、現代は「情報の時代」ということになります。

 

情報とは何かと考えますと、その根源は「過去の経験」ではなく、「現在の事実」だと思うのです。最近で言えば、「ボランティアのおじさんが、迷子を発見した」という事実があった。まず、事実があって、それが記号化される。すなわち、文字で表現され、画像で表現され、音声で表現される。これらの記号の集積が、情報です。そして、ここでも記号原理が働く訳です。密度と鮮度の高い記号、情報が求められる。1日前の情報ですら、その価値は失われる。人々はひたすら、最新の情報を追い求める。

 

「過去の経験」から「現在の事実」へ。私たちは今、そういう世界に生きている。

 

この章、続く

No. 216 第10章: 文化総論(その2)

 

3.言葉と手

 

以前、記号系、競争系、身体系の3領域は、人間以外の動物にも共通するものだ、と述べました。すなわち、動物も記号を通じて外界を認識し、マウンティングを行い帰属集団の中で序列闘争を繰り広げ(競争系)、互いに毛繕いをするなどして親和的な関係(身体系)を築いている。

 

では、想像系と物質系は、何故、人間に固有のものなのか。

 

その理由は、人間が2足歩行を始めたことによるのではないか。かつてアフリカの森林にサルが住んでいた。やがて、地球の気候変動によって、森林は枯れ、サバンナが現れる。地面に降り立ったサルは、2足歩行を始めた。立ち上がったことによって、サルの気道は拡張され、様々な音声を発するのに適した体になった。そして、言葉を話し始めたサルが、人間になる。

 

人間は、言葉によって様々な概念を作り出し、外界を認識するようになった。そのシステムは、“昨日”という日を思い出す記憶という機能と、“明日”という日を想像する力を生み出したに違いない。そして、“想像系”という文化とメンタリティが誕生した。

 

また、2足歩行によって、歩くという行動から解放された手が、物を触り始める。果実をもぎ取る。物を持ち上げる。運ぶ。そういうことが可能となり、やがて、人間は物に働き掛けることを覚える。そして、“物質系”の文化とメンタリティが創出された。

 

このように考えますと、想像系と物質系が人間に固有であることの理由が分かる。言葉を話し、両手で物を加工できるのは、人間だけです。

 

ところで、仮にネアンデルタール人が現代に生きていたとして、彼がヒゲを剃り、スーツを着てニューヨークの地下鉄に乗ったとする。それでも、彼がネアンデルタール人であることに気付く人はいないだろう、と言われています。また、人間の脳の大きさというのは、昔から変わらないそうです。すなわち、仮に5万年前のホモサピエンスの赤ん坊が現代に生まれたとしても、その赤ん坊は、立派に現代社会に適応する。逆もまた真なりで、現代の赤ん坊が5万年前の社会にタイムスリップしたとしても、その赤ん坊は立派な古代人として、古代社会に順応するに違いありません。すなわち、人間を身体と文化に分けて考えた場合、古代人も現代人も身体に変わりはない。脳の大きさでさえ、同じだ。古代と現代とで何が違うかと言えば、それは文化的な蓄積が違うだけだ、ということです。

 

すなわち、現代人は生まれてからわずか20年程度の間に、何万年という人類文化の蓄積を学ばなければならない。そして、特に想像系と物質系の文化なりメンタリティというものは、学ぶ必要がある。

 

4.対立関係

 

上記のように考えますと、記号系、競争系、身体系の3つは、人間の本能的なレベルに属するもので、これは簡単にはなくならない。他方、想像系と物質系は、正に、人間が人間であるために必要な文化であり、メンタリティであることが分かる。こちらも、そう簡単にはなくならない。ということは、人間の社会というのは、ほぼ永遠に対立関係を克服できないことになります。

 

そもそも、競争系という領域においては、人々はひたすら序列闘争を繰り広げている。物質系の内部においても、対立関係の例は枚挙にいとまがありません。例えば自動車の駆動方式にしても、以前は、ガソリン車とディーゼル車が対立していました。しかし、電気自動車が登場し、更に燃料電池なるものが現われ、今はこの2つが対立している。ガソリンと電気を組み合わせたハイブリッドという中間的なものもある。

 

加えて、領域間の対立も激しい。例えば、競争系のメンタリティは、「韓国よりも日本の方が、序列が上だ」と思って、韓国を蔑み、ヘイトスピーチを展開する。ところが、共感を求める身体系のメンタリティの人々は、序列なぞということは考えない。ぺ・ヨンジュン氏ら韓流スターに憧れ、韓流ドラマに涙する。Kポップに夢中になる男たちだって、少なくはない。

 

競争系のメンタリティは、多様性に反対し、LGBTには生産性がないなどと妄言を吐き、夫婦別姓にも反対する。他方、想像系のメンタリティは多様性と人権を尊重する。今日においても、宗教と科学が反目し、資本主義と共産主義が対立している。

 

これらの対立は、アウフヘーベンによって解消(総合)されたりしないのではないか。仮に一つの対立関係が解消されたとしても、そのことが契機となり、新たな対立関係が生まれる。そもそも人類は、2足歩行を始めた時点で、対立関係を抱えて生きていく宿命を背負ったのではないか。ただ、この対立という図式が、人類にエネルギーを投入してきたことも、否定はできない。勝ちたい、負けたくないという気持ちとか、自分の考えの方が正しいはずだ、彼らは間違っているという信念が、人類を行動にかり立ててきた。そういう側面もあると思います。

 

この章、終り

No. 215 第10章: 文化総論(その1)

 

1.経済の起源

 

本稿の第6章で“物質系”について述べましたが、その中の“機能”という項目が、やがて経済を生む。そして、“呪術”という項目が、科学につながっていく。そういう関係にあるのだろうと思うのです。項目を並べてみましょう。

 

物質系
1. 機能・・・経済
2. 呪術・・・科学
3. 空間表現
4. 象徴

 

人間は、古代から物に機能を付与してきました。例えば石器時代には、鋭利な断面を有している石を使って、又は石を割って鋭利な断面を作り出し、獲物の肉を切り分けていた。やがて、貝殻をアクセサリーとして身に付けたり、小石に穴を開け、ヒモを通してネックレスを作った。このように、物に機能を持たせたことから、その物が“価値”を持つようになる。

 

しかし、原始共産制の時代に、経済活動は生まれない。物は、集団の構成員によって、比較的平等に分配されていたからです。従って、原始共産制の時代においては、所有権という概念すら、存在しなかったはずです。

 

厳密にいつの時代から始まったと言うことはできませんが、狩猟採集を生業としていた時期のある時点で、“所有”という概念が生まれたのだろうと思います。獲物の肉であれば、これは平等に分配をしなければ、女子供が生きていけない。だから、分配された。他方、貝殻のアクセサリーであれば、製作者はそれを独占的に身に付けていたいと思ったに違いない。また、所有できると思えばこそ、それを作ろうという意欲も湧いてきたのだろうと思います。

 

物に機能が付与され、価値が生まれ、所有という概念が生まれ、そこで初めて経済活動が誕生する。そして、人間が最初に行った経済的な行為は、“贈与”だと思われます。これは原則として、相手方からの反対給付を期待せずに、価値のある物をプレゼントすることです。文化人類学の文献を見ますと、無文字社会において、いくつもの“贈与”に関する事例が観察されています。これらの中には、ささやかなプレゼントから、ちょっと想像を絶する程、大規模なものまであります。ささやかなプレゼントであれば、それは人間関係の円滑化を図るという目的が想定されますが、大規模なものとなると、その理由を推し量ることは困難です。富の平準化を目的として、暗黙裡にそういう風習が生まれた、ということもあるでしょう。例えば、何かのイベントにかこつけて、集落の全員に食料をふるまうという事例などが、これに当たります。また、部族間で贈与を行うという事例もありますが、これらの大規模な贈与は、自らの部族の経済的な優位性を誇示するために行っていたのではないでしょうか。俺たちは、こんなに富を持っている。だから、俺たちを攻撃しようなどと考えるな、ということです。

 

贈与の次に生まれたのが、“交換”ではないかと思います。典型的な例としては、海の幸と山の幸を交換する。この例のように、交換が成立するためには、食物の保存、定住、移動などの条件が必要です。よって“交換”は、農耕・牧畜の時代に生まれた経済行為だと思います。

 

やがて、人間は“貨幣”なるものを発明する。貨幣が生まれて、初めて“売買”という経済行為が成立する。

 

このように、物に機能を付与したところから始まって、贈与、交換、売買と経済活動が発展してきたのだと思うのです。

 

2.科学の起源

 

第6章で、呪術と漢方薬について述べました。要約しますと、未だクスリというものがなかった時代でも、人々は病気や怪我に苦しんでいた。何とか痛みを止めたいと願う。そこで、呪文を唱えたり、様々な植物に効能があると信じて、患部に当てたり、煎じて飲んだりしていた。これが呪術です。そして、そういう経験を長い間繰り返していると、偶然、痛みが治まったりする事例が出てくる。理由は分からないが、効果が認められる。そういう経験を体系化することによって、漢方薬が生まれたのではないか。すなわち、呪術がクスリの起源である、という話です。実際、かつてのイワム族など、病気は呪術で治すというのが常識だったようです。

 

上記の話に似ているのですが、もっと大規模な報告もあります。錬金術です。(参考文献/人格心理学/大山泰宏/放送大学教育振興会/2015)

 

錬金術というのは、ご存知の方も多いと思いますが、これは価値の低い金属を加工し、金を作り出すというものです。もちろん、そんなことはできません。できないのですが、これに真剣に取り組んだ人々が西洋にいた。多分、既存のキリスト教が示した世界観に対するアンチテーゼとして、このような思想が生まれたのではないでしょうか。そして、錬金術は黒魔術の一種として認識され、キリスト教徒から忌み嫌われ、西洋の歴史から葬り去られようとした。しかし、そこにスポットライトを当てようとする人物が現われる。なんと、それがユングだったんですね。錬金術は、決して金を生み出したりはしなかった。そのどうにもならない現実に直面し、錬金術師たちは自らのメンタリティの変革を実現したというのです。ユングは、その心理的な働きに注目し、この錬金術師たちのメンタリティが後世の自然科学を生んだと考えたようです。

 

メンタリティに関する話は別として、錬金術、すなわち呪術から科学へとつながる流れは、上に私が記した呪術から漢方薬が生まれたという話に通ずるのではないでしょうか。

 

上記の認識に基づき、私は、経済も科学も、文化が生み出した一つの類型であると考えるのです。

 

この章、続く

ピカソの壺

あまりの暑さに、私は、心身ともに干からびてしまいました。皆様はそのようなことがないよう、どうかお気を付けください。

 

さて、石ころの魅力に取りつかれてしまった私ではありますが、一体、どこへ行けば拾えるのか、皆目見当がつきません。工事の資材置き場などがあると、覗いてみるのですが、なかなか良さそうな石があったりする。しかし、勝手に持って行く訳にはいきません。どうやら、気に入る石に巡り会うためには、しばらく時間がかかりそうだ。さりげなく路傍に立っているお地蔵さんにも魅力を感じる。しかし、私にはそれを作るだけの能力がない。しかし、何か触れる魅力的な物体を身近に置いておきたい。

 

そこで、ふと思い出した物があったので、写真に撮ってみました。

 

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大層な価値のある物かと言えば、そうではありません。そう言ってしまうと、製作者に申し訳ありませんが、実は、2つとも鉄製のブックエンドなんです。そういう機能を持っているので、芸術作品と言うよりは、日用雑貨と呼んだ方が適当かも知れません。しかし、例えば片づけたテーブルの片隅に置いてみる。触ってみる。すると、ちょっといい感じがします。

 

これらは、箱根にある彫刻の森美術館のショップで購入したものです。もう、10年以上も前のことです。しかし、もうちょっといい物が欲しい。どうだろう、1万円も出せば買えるのではないか。いやいや、そんなケチなことは考えないで、3万円位は出してもいいのではないか。レプリカでいい。ただ、日用雑貨ではなく、芸術作品のレプリカが欲しい。そう思い始めると居ても立っても居られなくなり、8月6日に箱根まで出掛けて来たのです。

 

月曜だというのに、大変な人出でした。また、半数以上は外国の方々だったような気がします。チケット売り場で受け取ったガイドマップを片手に、まずは、ピカソ館を目指す。そこにはピカソの作成した多彩な作品群があり、改めてピカソの才能に敬服させられます。中には、狂気の感じられる作品もありました。しかし、私が一番魅力を感じたのは、陶器だったのです。肉厚で、色鮮やかな文様の描かれた、花瓶、皿、そして壺などがあった。そこには、物と人間の豊かな関係性が表現されている。物に関わろうとする人間の豊かな想像力が込められている。

 

そこで私はふと、ペルーの古代陶器を思い出したのでした。幼少期のゴーギャンが接していた、古代人が生み出した原始芸術の数々。そこに通ずる何かを、ピカソが製作した陶器の中に見いだしていたのです。そうだ、ゴーギャンピカソは繋がっている。二人とも、原始芸術に通底している。

 

それにしてもピカソのあの壺、一つ欲しいものだ、などと思いながらピカソ館を出ると近くにカフェがあって、そこの2階が「緑陰ギャラリー」と呼ばれる展示場になっている。モディリアニが作成した木彫りが目に止まる。あの画家のモディリアニだろうか、と思った訳ですが、その木に彫られた人の顔も縦に長いんです。やはり、あのモディリアニに違いない。更に進むと、今度は地面と水平に置かれた作品が目に飛び込んでくる。それは、シングルベッド程の大きさで、黒っぽい地面のような空間があって、その上に小さなオブジェが点々と置かれている。見た瞬間、私は「箱庭だ」と思ったのでした。あのユング派が箱庭療法に用いている箱庭ですね。それと同じ構造をこの作品は持っている、と思った訳です。手前にマッチ箱程の立方体があるのですが、見ると細かな階段がついているんです。その階段の小ささから、逆にそのシングルベッド程の空間が、とても広大であることに気付かされる。大分離れた所に老婆が一人椅子に座っている。ラバのような動物が一匹立っている。更に奥には、抽象的な形をした大きなオブジェがある。恐縮ながらこの作品の作者名は失念してしまいましたが、作品タイトルは「古代への夢」というものでした。作者の気持ちが、私には良く分かるような気がしました。

 

この年になって、やっと美術の本質の一端が見えてきた。そんな淡い満足感に浸りながら、汗だくの体に鞭打って、私は、最後の建物に到着したのでした。しかし、私にはまだ、重要なイベントが残っている。はやる気持ちを抑えながら、土産物売り場に近づく。遠目にも、幾体ものブロンズ像の並んでいることが分かる。良さそうなものがありそうだ。足早に近づき、その価格を確認する。えっ! カンマが打たれていないので、数字が見にくいのです。一、十、百、千・・・。108万円!(消費税込み) 絶句!

 

それは高さ40センチ位のものだったのですが、隣にもう少し小さいものもあった。それでも、価格は40万円程でした。

 

多分、こういうことなんだろうと思います。ブロンズというのは、必ずしもオリジナルが一体という訳ではない。同じ形のものを作者がいくつか作って、販売している。それらは全て本物で、多分、どこかにシリアルナンバーが打たれている。もちろん、芸術作品には著作権だとか、意匠権という権利があるので、勝手にレプリカを作る訳にはいかない。現実には贋作やレプリカも多々、流通しているに違いありませんが、それらは芸術家の権利を侵害している。もちろん、彫刻の森美術館のような一流の団体で、贋作などは扱わない。

 

当分、私はブックエンドで我慢するしかなさそうだ。そう思いながら、私はうなだれて帰路についたのでした。

古池や

暑中お見舞い申し上げます。

 

さて、今回は非公式原稿ということで、日常生活における所感を少々。

 

先日、バスに乗っていましたら、向かいの席に赤ん坊を抱っこした、若い母親が座っておられました。抱っこ紐というのでしょうか、母親と赤ん坊の体は、しっかりと結びつけられている。暑いのに、大変だなあなどと余計な心配をしておりましたところ、赤ん坊がグズり始めた。すると母親はすっくと立ち上がり、吊革につかまりながら、膝を曲げ伸ばしして、体を揺らし始めたんです。よく見る光景ですよね。すると、赤ん坊は機嫌を直したようでした。そこで私は、リズムの起源がここにあるのではないか、と気付いた。

 

母親と赤ん坊の体は、抱っこ紐で連結されている。従って、母親の体の動き、別の言い方をしますと、母親が刻むゆったりとしたリズムを赤ん坊は共有している訳です。同じリズムを共有することで、赤ん坊は母親の存在を強く感じ、安心して、機嫌を直した。

 

いにしえの時代から、人間はリズムを刻み続けてきた。その目的は、複数の人間が同じリズムを体感する、共有することによって、連帯感を育むことにあった。上に記した親子の行動が、その証左である。ひいては、これが音楽の起源であろう。

 

話は飛びますが、芭蕉の句について、考えてみました。

 

古池や 蛙飛び込む 水の音

 

この「古池」という一語によって、空間と過去の時間が表現されている。池というのは空間の説明ですが、それが古い、すなわち過去の時間の蓄積を持っていることをこの単語は指し示している訳です。例えば、池の水は、プランクトンが繁殖して、緑色に濁っているに違いない。台風などの影響で傾いた木が、水面に影を落としているかも知れない。そういうイメージが、沸いてくる。

 

続いて「蛙」が登場する。これは、正確には爬虫類なのかも知れませんが、このブログで繰り返し述べてきた「動く生き物」という意味では、動物の一種だということにしましょう。動物は、動くし、声をあげるので、兎に角、人間の注意を引き付けてきた。そして、この句にも「飛び込む」という動的なイメージを付与している。別の言い方をすれば、「蛙」はこの句において、情景を認識するための象徴的な記号としての役割を果たしている。

 

最後に「水の音」が現れる。ポチャンというその音は、一瞬にして現出し、消える。すなわち、「現在」を意味している。このように考えますと、わずか17文字のこの句には、池という空間、その空間が持っている過去の歴史、そしてポチャンという音が聞こえた「現在」という時間が表現されている。

 

素晴らしい句ですね。記号を通じて、時間と空間を認識しようとしている。

 

しかし、何かが足りない。この句には、人間が出て来ない。蛙が飛び込んだポチャンという音を聞いたのが人間だ、という意見があるかも知れません。しかし、音を聞いたというだけでは、その人間の体温が伝わって来ない。無の境地だ、という人もいるかも知れません。しかし人間というのは、常に何かを思い、その五感を通じて記号を認知し続ける動物です。無ということは、あり得ない。

 

西洋と東洋とで、歴史的な違いがある。一概に、どちらがいいとは言い切れませんが、西洋の歴史は、良くも悪くも振り子の振り幅が大きかったのではないか。一方では、中世の魔女狩りだとか、ナチズムのように残虐非道な歴史があり、他方、哲学や心理学などの内省的な文化を育んできた経緯もある。

 

いずれに致しましても、「人間とは何か」という根本的な問題について、論理的に考え続けてきたのは西洋だという気がします。

No. 215 第9章: 心的領域論(その8)

(第9章は、前回の原稿で終了する予定でしたが、書き漏らしている事項がありましたので、本稿を追加することに致しました。それにしても、暑いですね!)

 

7.好奇心の射程

 

5つの心的な領域があって、各領域の間には壁がある。その壁をダイナミックに越えてみせたゴーギャン。反面、ついに越えることのできなかったゴッホ。二人のこの違いは、どこから来たのでしょうか。生まれ持った素質の違いでしょうか。私はむしろ、二人の経験の差に理由があると思うのです。フランスに生まれたゴーギャンは、ペルーで幼年期を過ごす。そこで、古代の陶器や歴史に接した。その後もゴーギャンは、船乗りになり、世界各地を見て回った。他方、ゴッホは日本の浮世絵などに興味を持ったものの、生涯を通じて、ヨーロッパ圏の外に出た形跡が見当たらない。

 

一般に「広い視野を持て」ということが言われますが、この言葉には2つの解釈が成り立つと思うのです。人間は、時間と空間の中で生きている。従って、より長い時間と、より広大な空間を認識せよ、ということが考えられる。これが1番目の解釈です。そして、ゴーギャンの方がゴッホよりも広い視野を持っていたことが想定されます。

 

例えば、野球少年に「視野を広げろ」と言ったとしましょう。すると、彼はサッカーを始めるかも知れない。例えば、歌うことの好きな少女にも、同じことを言ってみる。すると彼女は、ダンスを始めるかも知れない。しかし、本質的にこれでは、彼らの視野が広がったことにはならないと思うのです。野球もサッカーも、競争系です。歌も踊りも身体系です。これらの領域の壁を乗り越えなければ、本当の意味で、視野を広げたことにはならない。領域の壁を乗り越えろ。これが2つ目の解釈です。

 

だから、若い人、すなわち人生の前半を過ごしている方々に対しては、好奇心を持て、そしてその時間と空間における射程距離を伸ばせ、領域の壁を乗り越えろ、と申し上げたい。

 

ところが、一生を通じて、好奇心の射程を伸ばし続けることは困難です。そもそも、グローバリズムやインターネットなどの開放系の世界というものは、認識することが困難で、いくらその世界に身を置いていたとしても、自らの環世界を構築することはできない。従って、人生の後半を生きておられる方々に対しては、閉鎖系の世界へ行き、そこで手応えのある環世界を構築されることをお勧めしたいと思うのです。タヒチやヒヴァ・オア島を目指したゴーギャンのように。

 

私の作成した「文化とメンタリティの関係図」に照らして言えば、ゴーギャンの人生は、左半分、すなわち身体系と競争系から始まり、右半分、すなわち想像系と物質系において完結したことになります。素晴らしい人生ではないでしょうか。身体的には、衰える。だから、いつまでも身体系の世界に身を置くことは困難だ。また、いつまでも競争系の世界にしがみついていると、周囲に迷惑がかかる。日馬富士暴行事件、日大アメフト部、そして今度はボクシング協会の問題が報道されています。全て序列社会、すなわち競争系の世界で問題が起こっている。権力を手にした者は、その引き際が大切だと思います。

 

ところで、この心的領域論をパースに説明したとしたら、彼はなんと言うでしょうか?

 

「君、全ては記号なんだよ。序列というのも記号だし、人が着飾るのも記号だ。想像すると言ったって、それは言葉という記号を使っているに過ぎない。君は象徴ということを言っているが、その象徴というのは、記号そのものじゃないか!」

 

多分、パースはそう言うでしょう。その通りだと思います。全ては、記号なんです。しかし、全ては記号であると言ってしまうと、何がなんだか分からないじゃありませんか。だから私は、各領域に名前を付けて、すなわち記号化して、認識しようとしているんです。パースには、そうお答えしたい。

 

最後に、ユングが元型と呼んだ古代人から現代人にまで伝わるイメージとは、「文化とメンタリティの関係図」のどこに該当するのか、という問題がある。悩ましいところではありますが、結論から言えば、元型は関係図には現れて来ない。すなわち、元型とは未だ心の様式を備えておらず、心以前の、混沌とした未分化なものだと思うのです。

 

この章、終り

No. 214 第9章: 心的領域論(その7)

ゴーギャンの描く南海の孤島に生きる人々には、不思議な魅力を感じます。そして、その理由が、分かったような気がするのです。鍵は、ユングにあった。心理学者のユングと画家のゴーギャン。この2人には、共通点がある。ちなみに、ゴーギャンユングよりも28才年上ということになります。従って、ゴーギャンユングの著作を読んだ可能性は、ありません。ユングゴーギャンの絵画を見た可能性は否定できませんが、この2人に現実的な接点はなかったものと思われます。

 

さて、ゴーギャンの作品から、2点ほどピックアップしてみました。

 

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まず、右側の絵から。これはゴーギャンが1892年に描いた「かぐわしき大地」という作品です。なんという力強い肉体でしょうか。彼女の太ももから、つま先に至る豊満さ、そして、揺るぎない自信に満ちた眼差し。圧倒的な存在感です。彼女は、このブログの言葉で言えば、“空っぽ症候群”になど、陥ってはいない。ましてや、“序列亡者”になどなっていない。つまり、彼女は現代病に侵されていない。そんなこととは無関係に、彼女はもっと普遍的な真実を見つめている。そこに魅力がある。彼女を“イブ”と呼んで、差支えないでしょう。イブはその2本の足で、しっかりと大地を踏みしめている。

 

ユングは、プエブロ・インディアンの持つ「気品」に感銘を受けた。それは、彼らが持つ宗教的な信念の強さに由来するものであった。ゴーギャンタヒチの女性に、同じような魅力を感じていたに違いない。ここに、1つ目の類似点がある。

 

ユングは、分裂病患者の見る夢と、世界各地の神話に現われるイメージとの間に、共通点を見い出した。そして、これらのイメージを“元型”と呼んだ。神話の時代、すなわち古代から現代まで、脈々と流れ続けて来た人類に共通するイメージがあると考えた。元型にはいくつかの種類があって、代表的なものは、老賢人、グレートマザー、トリックスターなどがある。

 

(注:Wikipediaは、トリックスターについて、次のように説明しています。「神話や物語の中で、神や自然界の秩序を破り、物語を展開する者。善と悪、破壊と生産、賢者と愚者など、異なる二面性を持つのが特徴である。」)

 

さて、もう一度、ゴーギャンの「かぐわしき大地」をご覧いただきたいのです。ここに描かれているイブは、グレートマザーそのものではないでしょうか。

 

次に、写真の左側の絵について。これはゴーギャンが1902年に描いた「ヒヴァ・オア島の魔術師」という作品です。ゴーギャンが死ぬ前の年に描かれたものです。赤いマントを纏った魔術師、右下には不吉な何かを象徴するキツネと緑色をした想像上の鳥が描かれています。魔術というのは、呪術と同じ意味で考えて良いと思います。現代に生きる私などからすれば、魔術師というのはいかがわしい商売だと思うのです。しかし、この魔術師の瞳も、自信に満ちている。この魔術師は、元型の中の“トリックスター”に似てはいまいか。

 

すなわち、古代から現代にまで伝わる普遍的なイメージがあって、ユングはそれを元型と呼び、ゴーギャンはそれを描いてみせた。追求していたものは、同じだと思うのです。これが2点目の共通です。ユング分裂病患者の夢と向き合い、そしてゴーギャンは未開の地に自ら居住し、そして二人とも神話を研究しながら、古代のイメージを追求したに違いありません。ここに人間の、芸術の、そして文化の原点があると思います。

 

“象徴”ということについて、もう少し考えてみます。「かぐわしき大地」に描かれたイブは、安定、豊穣、生命のシンボルだと思いますが、この絵には不吉な予兆も描かれている。イブの肩口に掛けて、真っ赤な模様のようなものが見えますが、よく見るとこれは、深紅の羽を生やしたトカゲなんです。これも不吉な何かを表わしている。聖書におけるイブがリンゴの実を食べてしまったように、ゴーギャンの描くイブにも、それを脅かす存在が示されている。

 

「ヒヴァ・オア島の魔術師」においては、現実と虚構が対立しているように思えます。魔術師自身は、この絵の中では現実として描かれていると思うのですが、魔術というのは虚構でしかありえません。そして魔術師は、時に人々を惑わせ、時に人々の病を治療する。こう考えますと、一体何が現実で、何が虚構なのか分からなくなってきますが。

 

いずれにしても、人間の世界には、様々な対立軸がある。時間と空間、現実と虚構、男と女、確信と不安。挙げれば、切りがありません。すなわち、人間が生きている世界というのは、調和しておらず、そこはカオスだとも言える。そこで、それらの対立軸なり、不調和を何かによって、調和させる。それが“象徴”ということではないでしょうか。もちろん、ゴーギャンは、その絵画によって調和させようとした。そしてゴーギャンは、このことを原始芸術から学んだに違いないと思うのです。古代人の知恵が、ここにある。

 

上に記した事項は、弁証法によって解釈することも可能かと思われます。すなわち、定立があって、反定立がある。それがアウフヘーベン止揚)され、上位のレベルで総合される。

 

パースは、「広く宇宙全体が、あるいは宇宙に存在するいっさいのものが、カオスから秩序へ、偶然から法則へ、(中略)進化する」と考えていたようです。宇宙全体のことは私には分かりませんが、人間の世界ということを考えますと、少なくとも今後10万年位は、カオスのままではないかと思います。様々な対立があるからこそ、そこにエネルギーが生まれるような気がするのです。

 

最後に、ゴッホゴーギャンの人生について考えてみます。

 

ゴッホのメンタリティは、あくまでも共感を求める身体系と、絵画という物質系にあった。ゴッホは、あくまでもこの2つの領域で生きた。絵を描きながら、ゴッホは他の人の共感を求め続けた。家族も持ちたいと願っていた。そして、ゴッホにとって身体系の世界に通ずる人間は、弟のテオだけだった。確かにテオはゴッホを理解しようとしたし、ゴッホに共感していたに違いありません。しかし、ゴッホの絵は売れず、ゴーギャンゴッホに共感しなかった。ちなみに、ゴッホが耳を切り落としたというのも、身体系のメンタリティの顕われではないかと思います。そして、失意のうちにピストル自殺を図った。天才なるが故の不幸な人生だったのではないでしょうか。ゴッホの絵画を見直しますと、やはり、あの黄色い太陽には狂気を感じる。

 

一方ゴーギャンは、株式仲買人として競争系の世界で成功した。また、メット夫人との間に5人の子供も設け、身体系の世界でも充足していた。しかしゴーギャンは、運命に翻弄されながらも、双方の世界とメンタリティを捨て、画家という物質系の世界に入って行った。続いて、想像して絵を描くという想像系のメンタリティを獲得した。

 

Wikipediaによりますと、実際、ゴーギャンゴッホに“想像で絵を描け”と繰り返し主張したようです。そしてゴッホは、ゴーギャンの意見に従い、何度か想像上の絵を描いてみたのですが、うまくいかなかったそうです。思えば、ゴーギャンも酷なことをした。メンタリティの領域というのは、そう簡単に超えられるものではない。そのことをゴーギャンが知っていれば、ゴッホにそれ程強く意見することもなかったのではないか。ゴッホは、頭ではゴーギャンの意見を理解しようとしたものの、その意見を受容する想像系のメンタリティを持ち合わせていなかった。(ただ、ゴーギャンの名誉のために付け加えておきます。一般にゴーギャンゴッホを見捨てたと思われているようですが、実際には、ゴッホが自殺するまで、ゴーギャンゴッホとの文通を続けていたようです。)

 

ゴーギャンの晩年は、一見、みすぼらしいものだったようです。2度目のタヒチ行きを果たしたゴーギャンは、タヒチの近代化に失望し、更なる未開の地を目指しヒヴァ・オア島に辿り着いた。そして、不衛生で粗末な小屋の中で心臓発作を起こして死ぬ訳ですが、彼の死を看取ってくれる女性はいなかったそうです。

 

身体系と競争系を捨て、物質系(象徴)と想像系の世界を獲得したゴーギャン。彼にとって一番大切なものは、何だったのでしょうか。それは、絵画や木彫りなど、彼が生み出した芸術作品だったはずです。そして、明らかに彼は、自らの環世界を見事に構築した。彼は人間の生きる世界とその本質を認識し、それは確信に至っていたに違いないと思います。期せずして、ゴーギャンの遺作は、自画像となりました。視力も低下したゴーギャンは、眼鏡を掛けています。若かった頃の自画像とは違い、ここに描かれたゴーギャンには、活力が感じられません。しかし、眼鏡の奥から何かを見据える眼光に憂いはなく、そこには皮肉さや不吉な予兆もないのです。遂にゴーギャンは、未開の心を獲得したのだ。私は、そう思っています。

 

この章、終り