(敬称略)
仮に、無人島に1組のカップルが漂着したとしよう。彼らに必要なのは、エロスだけではないか? それは生きようとする本能であり、エネルギーのことである。そして無人島において、ロゴスは不要である。一方、人口1億2千万人を擁する日本という国家の運営を考えた場合、求められるのはロゴスであり、エロスは抑制されるべきである。仮に、感情的に泣きわめくような人が総理大臣だったとすると、それは悲劇を通り越して、喜劇であるに違いない。つまり、人間集団のスケールの違いによって、求められる能力には違いがあるということだ。小さな集団はエロスを、大きな集団はロゴスを求めるのである。
エロス・・・本能的、感情的、無意識的
ロゴス・・・理性的、論理的、意識的
クルマに例えると、エロスは駆動力をもたらすエンジンであり、ロゴスはその駆動力を制御するハンドルのようなものだ、とも言える。
先般、政界を引退した山本太郎という人物を考えると、彼はエロスの人であり、ロゴスを持っていなかった。だから、れいわ新選組は挫折したというのが、私の見方である。
そもそも山本太郎は、役者の世界に住んでいた。映画の撮影に際しては、照明係、音声係、衣装係、大道具、小道具など、様々な役割を担う人たちがいるが、その規模は小集団だと言えよう。また、スポットライトを浴びるのは、役者だけである。山本太郎は、そのような集団のシステムを政党に持ち込んだのである。それがれいわ新選組のスタートラインだった。
れいわ新選組の規模が小さい頃は良かった。スポットライトを浴びるのは、山本太郎だけだったが、他に競合するライバルもいなかった。しかし、れいわ新選組は、急速にその規模を拡大していった。ボランティアは増え、国会議員も最盛期には15人までになった。すると政党交付金も億単位(7億円)となり、人事の及ぶ力も増大した。つまり、集団における権力というものが出現したのである。本来的に言えば、この段階で権力を牽制するシステムの構築を急ぐべきだったのだ。それは党の綱領であり、規約であり、組織化のことである。
しかし、山本太郎は、自分だけが目立ちたかったのだろう。彼は権力を牽制するシステムの構築には着手せず、権力を自分に集中させたのである。党の幹部は、自分にとってのイエスマンで固め、従順な人間を優遇し、そうでない人間を排斥しようとした。当然の帰結として、セクハラ、パワハラ、イジメ、えこひいきなどの問題が噴出した。ネット時代の今日、それらの情報はXとYouTubeによって拡散されたのである。
最大の悪手は「れいわローテーション」と呼ばれる制度だった。ご案内の通り、参議院議員の任期は6年である。しかし山本太郎は、候補者に誓約書のようなものを書かせ、当選した者には3年後に辞表を提出させ、他の候補者に議席を譲ることを誓約させたのである。6年も政治家をやっていると、その中からスターが生まれるかも知れない。すると、山本太郎自身の存在感が薄れる。場合によっては、自分のポジションが脅かされるかも知れない。従って、そのようなライバルの登場を予め阻止するために、この制度を発案したのだと思う。この制度に賛成した当時の役員には、猛省を促したい。
大きな組織に属したことのない人には想像しにくいことかも知れないが、No. 2を作らないために、優秀な部下を蹴落とすというのは、実社会においては左程、珍しいことではない。
そもそも、前述のとおり参議院議員の任期は6年とすることが憲法46条に定められており、同99条において、国会議員や公務員に対しては、憲法に対す擁護、尊重義務が課されている。従って、「れいわローテーション」は憲法違反だと言わざるを得ないのだ。
加えて、この制度には致命的な欠陥があった。当選した同党の参議院議員が、任期途中(当選してから3年以内)に議席を持って離党した場合、党は議席を失い、制度の運用が不可能になる。実際、昨日、参議院議員の木村英子が離党届を提出した。いのちの党としては、未だこの離党届を受理せず、週明けに役員会で審議するとのこと。
れいわ新選組時代から、様々な内部告発がなされてきたが、最大の告発は、多ケ谷亮が暴露した「公設秘書給与詐取疑惑」である。まず、法的な枠組みから説明しよう。国会議員は秘書を持つことができ、秘書は公設秘書と私設秘書に分かれる。そして、公設秘書の給与は国から支給され、私設秘書の給与は国会議員が負担しなければならない。ここで明確に公私の別が前提とされている訳だ。そして「公」(おおやけ)とは、国会議員としての立法作業や、国政調査権の行使など、国会議員が国家のために行う活動のことである。国家のために行う活動だから、その費用を国家が負担するのだ。他方、「私」の方は、国会議員本人や所属する政党のために行う政治活動を意味する。これは私的なものなので、その費用は私的に負担する必要がある。但し、これら私的な活動に使う目的で、国家は政党交付金を国政政党に支給しているのである。
これで法的な枠組みはご理解いただけたと思う。そこで、れいわ新選組が何をしたかと言うと、公設秘書を半ば強制的に、党務に従事させたのである。つまり、国家が費用を負担している公設秘書を、私的な党務に従事させ、党が支払うべき費用の削減を図っていたのである。しかも、それを党として組織的に行っていたのだ。多ケ谷亮は、その証拠を公開しているし、かつての国会議員、阪口直人もかかる事実を認める旨、動画で告白している。この問題、私は法律論からすれば、完全にアウトだと思う。
なお、この件に関して幹事長の高井の説明は「弁護士にも相談して進めてきたので、適法だと考えている。但し、相談した弁護士の名前は明かせない」と述べている。そもそも、何故、弁護士に信用があるかと言えば、弁護士には厳しい倫理規定が適用され、誤った判断を下したり、嘘をついたりした場合には、信用を落とすばかりか、弁護士資格をはく奪されるリスクを負っている。だから弁護士は信用できるのだ。従って、弁護士に相談したと言うのであれば、また、そのことを根拠として適法だと主張するのであれば、当然、弁護士の氏名、所属事務所を公開すべきである。
既に東京地検特捜部と警視庁が動いているという噂もある。また、山本太郎が政治家を引退した本当の理由は、この問題にあると私は信じているが、信ずるに足る相当な理由がある、と思う。この問題で司直の手がどこまで伸びるのか、私には分からない。但し、嫌疑を掛けられている者たちの心中が穏やかでないことだけは、確かだろう
現在、いのちの党を巡る関係者、論評者たちの立場は3つに分かれている。
〇 原点回帰派
れいわ新選組の理念や、山本太郎の主張が原点であり、そこに回帰すべきだと主張している人たち。筆頭格は、奥田ふみよ。
〇 改革残留派
党の執行部で、党の代表は山本ジョージ。過去に不自然な資金の流れがあり、それは総会決議に基づき、独立調査委員会を立ち上げて調査すべき、という立場。公設秘書給与疑惑については、あくまでも適法と主張。れいわローテーションには、否定的。
〇 改革離脱派
既に、党を離脱しており、れいわ時代の旧執行部も、いのちの党の現執行部に対しても批判的。筆頭格は、多ケ谷亮で、「ヤメれ会」を発足し、被害者救済活動に乗り出している。
一昨日、原点回帰派の奥田ふみよらは、党の執行部に対し、公開質問状を提出した。内容は読んだが、そもそも奥田は党の役員だったのだから、役員会の中で審議すべきだったと思う。但し、それはロゴスの側からの感想かも知れない。原点回帰派のメンバーは、あくまでもエロスの側に立脚している。従って、党の中心がロゴスの側に移動してしまっては、自分たちの居場所がなくなるという切実な危機感を持っているに違いない。弁護士や公認会計士による独立調査委員会とは、ロゴスの象徴であり、それが許せないのではないか。
党の執行部である改革残留派に対して申し上げたいのは、兎にも角にも独立調査委員会を早急に設置し、その調査結果を公表することである。また、党の基本方針を早急にまとめ上げることではないか。話は、それからだ。但し、山本ジョージ代表にそれだけの器量があるのか、疑問がある。
私自身は、改革離脱派を支持している。本日発売の週刊誌にも、元山本太郎の秘書が被害を訴える記事が掲載されているようだが、それらの被害者を救済し、問題の再発防止を促進すべきだと思う。いくら身内であろうが、かつての恩人であろうが、ダメなものはダメと言うべきだろう。それがロゴスというものではないか。