文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

ブルーのスイフト・スポーツ

 

いくつになっても、新たにクルマを手に入れるのは嬉しいことだ。ここのところ、病気続きだった私だが、今日は久しぶりに笑みがこぼれた。

 

私自身が老いぼれてきたので、せめてクルマだけでもと思い、少し派手な色を選んだ。

 

スピーディー・ブルー・メタリック

 

 

脱権力としてのアナーキズム

 

2月8日に大腸ポリープの切除を受けた訳だが、その後、女医は私にこう言ったのだった。

 

女医・・・今後1週間、お酒は控えてください。それから、熱いお風呂もダメです。

 

煙草はどうなのだろう。そうは思ったのだが、どうせダメと言うに決まっているので、私はそのことを質問しなかった。私は、病院を出ると近くの喫煙所へと直行し、続けて3本吸ったのである。

 

何故、酒や風呂がダメなのかと言うと、切除した箇所から出血するリスクがあるからなのだ。煙草は止められないので、せめて酒だけは止めようと思い、私の禁酒生活がスタートしたのだった。それも今日で8日目となる。その間私は、グラス1杯のビールも、おちょこ1杯の日本酒さえも口にしてはいない。ポリープ切除のダメージが残っている間は、酒を飲まないことに左程の苦痛は伴わなかった。しかし、すぐに切除に関する記憶は薄れる。ましてや、何の痛みもないのである。一昨日頃から、次第にアルコールが恋しくなってきた。解禁日は、明後日である。今から、その瞬間のことを妄想している。どこの店へ行こうか、やはり最初の一口は生ビールにしようか、つまみは何にしようか。そんなことばかりを考えているのだ。

 

胸の痛みが発生する前、私は、週に3日程、近くの日帰り温泉に通っていた。午前中からたっぷり2時間はかけて、温泉につかる。その施設には適当なレストランがあって、風呂上がりの生ビールを2~3杯、堪能する。これはたまらない。帰宅すると直ちに横になり、2時間程、昼寝をする。ああ、もう他には何も望むことはない! そのような生活を送っていたのだが、あの忌まわしい胸痛(きょうつう)によって、私の暮らしは一変したのである。

 

温泉に行かず、ビールも飲まず、昼寝もしない。そのように暮らしてみると、大きな変化が生ずる。まず、あの胸痛が嘘のように消えたのだ。これで症状が改善されたのか、酒を飲むと再びあの胸痛が再発するのか、それは分からない。2つ目の変化としては、1日が長くなったということである。特に夕食など、あっと言う間に終わってしまう。ゆっくり晩酌をしていた頃は、ミステリードラマ1本を見終わるようなこともあった。しかしアルコールを抜くと、夕食なんてゆっくり食べても30分もかからない。結果として、ミステリードラマは4日に1本見る計算になるが、これだと見終わる頃にはストーリーを忘れている。一体、どのような殺人事件があって、この刑事はこのような捜査をしているのか。それが判然としなくなる。

 

いずれにせよ、長い1日をどう過ごすかという問題だが、結局、本でも読もうということになる。とりあえず、次の本を読んだ。

 

アナキズム / 栗原 康 著 / 岩波新書

 

これは大変、面白かった。なお、表記の問題だが、アナーキーと記して、何故、アナーキズムと記さないのか。実際の発音からしても、ここはアナーキズムと記すべきだと思うので、本稿はその表記を採用する。

 

さて、アナーキズムとは何か、ということを説明する必要がある。一般的には、無政府主義と訳されるが、これでは本来のアナーキズムの一部を説明したに過ぎない。アナーキズムとは、もっと広範な意味を持つ言葉なのだ。栗原氏は、次のように述べている。

 

- 「だれにもなんにも支配されないぞ」とか、「統治されないものになれ」ってのがアナーキーになる。で、それを思想信条としましょうってのが、アナキズムだ。(中略)政府ってのは、統治の一機関だからね。それで「無政府主義」とも訳されたりするのだが、まあまあ、政府だけじゃなくて、あらゆる支配はいらねえんだよってのが、アナキズムだ。 (P. 9)-

 

- 社会の支配から離脱していこうという意志 (P. 237)-

 

では、私が印象に残った本書の要旨を記そう。

 

とかくこの世には、支配者と被支配者が存在する。政府と国民。経営者と労働者。夫と妻。数え上げれば切りがない。このような支配関係の中で、多くの人々が自己を規制し、不本意な人生を送っている。そのような支配を否定し、自己を解放し、今を生きようではないか。例えば、暴力的なデモに参加して自己を解放した際、人間は曰く言い難い高揚感に包まれる。そして、そのような経験を積むことによって、自分にはできないと思っていたことが可能となったり、自己の生が拡張されたりするのだ。

 

自己の解放とは、時として違法性を帯びる。実際、今日まで多くのアナーキストが投獄されてきたのである。そこまではできない、と思う人も多いだろう。しかし、少なくともアナーキズムは、人間がその生を新たなものとして生まれ変わる、変革する力を持っているのだ。人間には、未だ知られていない可能性がある。

 

要約は以上である。いくつかの視点から考えてみたい。

 

まず、文化人類学的な視点から。人類は太古の昔から、高揚感、エクスタシーを求めてきた。例えばそれは、三日三晩踊り続けることによって、自分の身体を傷つけることによって、得られる。そして、そこから人間は啓示を受け、仮説を立ててきたのだ。これは文明の起源だとも言える。このような観点からすれば、アナーキズムは閉塞した現代に対し、太古の知恵をもって対抗しようと主張しているように思える。

 

次に、精神分析的な観点から。フロイトは、人類には物事や他者を包摂しようとするエロスが備わっており、その対極として、他者を攻撃し、排斥しようとするタナトスがあると主張した。タナトスは「破壊欲動」と訳される。全てを破壊してしまいたいと願う、その衝動のことである。そしてフロイトは、タナトスこそが人間を戦争へと駆り立てる原動力だと述べた。アナーキズムは、人間の理性を超えて、このタナトスを解放しようと主張するものではないか。

 

文学的な観点から言えば、アナーキズムは近代以降の犯罪小説と似ている。例えば、三島由紀夫の「金閣寺」においては、金閣寺に放火することによって自己を解放しようとした主人公が描かれている。もちろん、放火という行為は犯罪であって、社会的に許容される行為ではない。しかし、主人公が自らを解放するためには、それ以外に手段はなかったのである。

 

最後に私の文明論に照らして考えてみよう。私の主張はこうだ。文明は身体を中心とした文化領域から出発して、やがて、身体に対するアンチテーゼとして「知」が生まれた。「知」は必然的に権力を構成し、権力が社会秩序を作った。そして近代以降、この権力に対抗する、若しくは権力と相容れない主体というものが認識されるに至った。アナーキズムとは、この権力や秩序に対抗して主体を賛美する思想なのだ。

 

アナーキズムは、一見、反知性主義と類似するように見える。しかしその内実は、反知性主義とは、全く異なるのである。思考に思考を重ねて生み出された、人間が主体を守る、解放するための方法論なのである。

 

アナーキズムは、閉塞し切った現代社会において、何とかそれを打破しようとする1つの試みだと言えよう。但し、私はアナーキストになろうとは思わない。それは、とても過酷な選択だと思うし、第一、既に年老いた私は、自己の内面にタナトスを感じ取ることができないのである。

 

また、本書にはもう1つ重要な主張が含まれている。権力をもって、権力に対抗しようとしてはいけない、というものだ。例えば、経営者に対抗するために強固な組合を作るとする。すると、今度は組合自体が権力構造を持ち、組合員を支配しようとするのだ。これでは、何も変わらない。日本の政治で言えば、自民党に対抗する組織として、共産党が存在する。しかし、共産党員になると、今度は共産党から支配を受ける。昨年、松竹さんという党員の方が、党首の公選制を求めた。するとあろうことか、共産党は彼を除名したのである。何という非民主的な政党だろう。従って私は、労働組合共産党も大嫌いなのである。

 

アナーキズムとは、反権力ではなく、脱権力なのだと思う。

 

 

大腸ポリープの切除

 

実は私、昨日、大きな病院へ行き、大腸ポリープを切除してもらったのである。年始から始まった私の病院通いがいつ終わるのか、それはまだ分からないが、とりあえず憂鬱の種が1つ消えたことは確かだ。事の顛末をここに報告したい。

 

昨年の12月25日に突然発症した激しい胸の痛み。たまらず私は近所の内科医を訪れた。そこで胃酸が逆流しているとの指摘を受け、それと同時に胃カメラによる診療を受けるよう推奨された訳だ。何しろ、胃酸が逆流している可能性があるということは、胃に何らかの問題のある可能性がある。私は渋々、胃カメラによる診療を承諾した。その際、医師はこうも言ったのである。

 

医師・・・市が運営している健康診断を受けるということで宜しいですね。そうすれば胃カメラの費用は無料になります。市の方へは私から連絡しておきます。

 

胃カメラの費用がどの程度なのか、私は知らない。しかし、無料になるということであれば私にこれを断る理由はないと思った。但し、市の健康診断は様々な診断がパッケージになっているのだった。以後、私は胃カメラのみならず、言われるがままに様々な診断を受けさせられたのである。そしてそれらの診断の中には、検便も含まれていたのだ。

 

1月30日、私はその内科医院へ結果を聞きに行った。嫌な予感はしていた。もし検便の結果が悪ければ、その後には大腸の内視鏡検査が控えている。ご存じの方も多いと思うが、この内視鏡検査とは、肛門から管を入れて大腸の内部を見るというものだ。私はこの検査を経験した者を3人知っている。彼らからその概略は聞いていたが、そのような屈辱を受けてまで、人間は生きる必要があるのだろうか? 死んだ方がマシではないのか?

 

しかし、現実は厳しかったのである。医師は厳しい表情と口調で、私に結果を告げた。紹介状を書くから、大病院へ行ってその検査を受けろと言うのである。詳細は看護婦の方から説明するので、隣室へ行ってくれと言われた。目の前が真っ暗になった。

 

隣室へ行くなり、私は看護婦に尋ねた。

 

私・・・その検査って、もしかするとお尻の穴からチューブを入れるヤツですか?

 

看護婦は申し訳なさそうな表情をして、ゆっくりと首を縦に振った。

 

看護婦・・・実はね、私も経験したことがあるの。

 

私・・・それは痛い?

 

看護婦・・・あまり痛くはないけれど、下剤を飲むのが大変だったわね。ほぼ、1日がかりよ。こうなったら、覚悟を決めるしかないわね。

 

そして、運命の鞭が振り下ろされる日は、2月8日と決まった。

 

嫌なことは、早めに終わりにしたい。宣告(1月30日)から執行(2月8日)までの期間が比較的短かったのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 

臨戦態勢に入るのは、検査の前日からである。まず、厳しい食事制限が課される。簡単に言うと、野菜や海藻など、食物繊維を多く含む食材は、消化に時間が掛かるので、禁止される。お酒もダメ。反対に炭水化物や卵、パンなどは食することが認められる。私はコンビニへ行き、塩むすびや卵サンドを購入すると共に、湯豆腐食べてしのいだ。この日から酒もNG。夜には、予め渡された下剤を飲まなければならない。私はこれを夜の9時頃に飲んだが、深夜の1時頃には効き始め、以後、1時間おきにトイレに駆け込んだのである。睡眠不足も甚だしい。

 

検査当日、8時半には病院に到着した。受付を済ませると、地域医療連携室という名前だったと記憶しているが、そこの前の長椅子で待たされた。30分程待っていると名前を呼ばれた。先方が言うには、売店へ行って医療パンツなるものを買えとのこと。これはパンツの後ろ側に穴が開いているもの。加えて、オムツも買った方が良いとのこと。これはショックだった。

 

但し、事前にYouTubeで予習をしていた私は、事情を理解することができた。かつては、複数の患者が大部屋に集められたらしい。そこで各人が下剤を飲む訳だが、皆が一斉にトイレに立つので、順番待ちが発生する。待っている間に耐えきれなくなって、漏らしてしまう。そんなことが現在まで続いているのか否か、私に知る術はなかった。とても情けない思いだったが、言われるままに私はそれを購入したのである。

 

次は、血液検査だった。そして、診察室へと進んだ。私が通されたのは、給湯室を改造したような個室だった。トイレの場所を確認すると、それはすぐ隣にあった。しかも、私専用と思われるトイレまであるのだった。そのトイレのドアには、「院飲み者専用」との張り紙があった。

 

ちなみに、検査当日にはモビプレップという下剤を飲む訳だが、この作業については、自宅で行う宅飲みと、病院で飲む院飲みの2パターンがある。私が訪れた病院は、院飲みを原則としているようだった。これは、その方が良い。下剤を飲み続けているうちに具合が悪くなった場合、院飲みであれば、すぐに医療従事者の力を借りることができる。また、宅飲みであった場合、自宅から病院へ移動している最中に便意が生ずるリスクもある。

 

いずれにせよ、私はオムツの着用は不要だと判断した。

 

看護婦が指し示した椅子に座ると、眼の前には既にモビプレップの準備がなされていた。モビプレップ用のコップが2つと、水用のコップが1つ並んでいる。いずれのコップにも200ccを示す線が書かれている。つまり、下剤であるモビプレップをコップで2杯飲み、その後、水を1杯飲む。これを繰り返して、最終的にはモビプレップを1.5リットル以上飲まなければならないのだ。また、モビプレップを飲む速さについては、10分乃至15分で1杯を飲むことになっている。

 

予め用意された一覧表があって、モビプレップを何杯飲んだか、トイレに何回行ったか、それを記録していく仕組みになっている。

 

パーマを掛けた看護婦が、リラックスするようにと言って、テレビのリモコンを置いて行ってくれたが、とてもそのような気分にはなれなかった。モビプレップの味は、そう悪くはなかった。強いて言うならば、それは賞味期限を過ぎたスポーツ飲料のような味だった。問題は、その量である。結局私は、200ccずつのモビプレップと水を12杯飲み、トイレには9回行った。

 

私の様子を見に来てくれたパーマ頭の看護婦に私は、麻酔を打ってもらうよう頼んだ。しかし、彼女は乗り気ではなさそうだった。YouTubeによれば、麻酔を打ってもらうと、うとうとしているうちに、いつの間にか施術が終わっているとのことで、私もそうして欲しかったのである。

 

私・・・麻酔を打つことによるデメリットは何ですか?

 

押し問答を続けた後、私は彼女にそう尋ねた。

 

看護婦・・・麻酔は安全だと言っても、リスクはゼロではないのです。あなたの場合、年令的な問題もあるし・・・。

 

そう言われてしまえば、反論の余地はないように思えた。結局、私は麻酔を受けることなく、検査に臨むことになったのである。

 

私は、更衣室へと案内され、下は医療パンツに、上は作務衣のような服に着替えた。心の準備ができていた訳ではなかったが、診察室はとても近くにあった。

 

医師・・・山川さんですね。宜しくお願いします。

 

感じの良さそうな医師が、そう話し掛けてきた。私は早速、体の左側を下にして、ベッドに寝かされた。ベッドは、多分30センチ程、リフトアップされた。間もなく、私は最初の一撃をくらったのである。思わず私は、呻いた。だから麻酔を掛けろと言ったのだ。私は、看護婦との交渉で妥協してしまったことを後悔した。

 

間髪を入れず、内視鏡が挿入された。その映像は、大きなモニター画面に映し出された。ポリープや癌は、肛門の近くに発生することが多い。私は、食い入るようにモニターを見ていた。すると、不自然に赤黒い突起物のような物が見えた。まずい。

 

医師・・・ああ、ここにポリープがありますね。後で良く観察しましょう。

 

内視鏡は、奥へ奥へと進み続ける。まず、内視鏡を一番奥まで挿入し、そこから少しずつ戻ってくるのだ。

 

私・・・そろそろ一番奥まで来ましたか?

 

医師・・・まだですよ。大腸は、1.5メートルもあるんです。痛いですか?

 

私・・・痛くはないんですが、変な感じなんです。

 

医師・・・一番奥まで到達しました。

 

そこから内視鏡はバックを始める。そして、先ほどのポリープの所で停止した。

 

医師・・・1.5センチだな。

 

そう呟いて、医師はまず、ポリープの根っこを紐で縛るような作業に着手した。作業内容は相変わらず、モニターの鮮明な画像で確認できるのだ。微妙で繊細な作業だった。

 

医師・・・さあ、ポリープの根っこを縛ることに成功しました。これで、もし切除できなかったとしても、このポリープは消滅するので問題ありません。

 

そして医師は、ポリープの切除にとりかかった。作業は難航しているようだった。電気を使う関係上、私の足がアースとして使われたようだった。「冷たくてごめんなさい」。看護婦はそう言って、私の左足に電極を張り付けたのだった。作業を始めてから、既に15分が経過していた。何もなければ、そろそろ終わる時間だった。

 

医師・・・切除に成功しました!

 

私はほっとした。一刻も早く、この気味の悪いチューブを抜き去って欲しいと思った。

 

医師・・・すいません。切除したポリープを見失ったので、これから探しに行きます。

 

そんなもの、何も回収しなくたって良さそうなものだ。

 

私・・・あった!

 

モニターに切除されたポリープを発見した私は、思わずそう叫んでいた。やがて切除後のポリープを回収し、作業は終わったのである。パーマを掛けた先ほどの看護婦がシャーレの上にポリープを乗せて、私に見せてくれた。小指の先っぽ程の大きさだった。

 

結局、作業には30分を要した。

 

私はトイレに行って、尻の回りに付着した大量のゼリー状のものを拭った。これが私の体と内視鏡の摩擦を回避する潤滑油のような働きをしていたのだと気づいた。

 

着替えを済ませ、指定されたソファに座って待っていると、女医のような人が来て、説明をしてくれるのだった。

 

女医・・・画面は見ていましたか。

 

私・・・見てましたよ。

 

女医・・・残ったポリープを縛っている黄緑色の糸があったのは分かりました。

 

私・・・ありましたね。

 

女医・・・傷口が修復されるとあの糸は、自然と排出されるので、問題はないんです。

 

私・・・そうですか。ところで、癌の心配はありませんか?

 

女医・・・これから組織検査をしてみないと分かりません。但し、仮にあのポリープが癌化していたとしても、根っこから切除したので、問題はありません。切除した部分から出血するといけないので、今後1週間は気を付けてください。お酒は飲めません。

 

私・・・今日は有難うございました。

 

こうして、私の大腸ポリープは切除されたのである。痛みに関して言えば、あまりなかったということになる。私の場合は、胃カメラの方が余程つらかった。それが証拠に、今回は、モニター画面を注視し続ける余裕があったのだ。

 

大腸のポリープは、放っておくと次第に大きくなる。そして、大きくなればなる程、それが癌になるリスクが高まる。今回切除しておいて、良かったと思う。

 

 

胸の痛み(その5) 胃酸逆流日誌

 

昨年の末頃に始まった、耐えがたい胸の痛み。どうやら私が罹患しているこの病の正式名称は、食道裂孔(れっこう)ヘルニアと言うらしい。食道と胃の間には、胃酸が逆流しないように、弁のような働きをする括約筋がある。正確には下部食道括約筋と言う。この括約筋の機能が低下すると、胃酸の逆流現象が生ずる。人間の胃は胃酸に耐え得るようになっているが、食道は胃酸に耐えられず炎症や痛みを引き起こす。つまり、食道裂孔ヘルニアとは原因(括約筋の機能低下)であり、逆流性食道炎(炎症や痛み)とは結果なのだ。

 

ちょっとした胸焼け程度なら、我慢のしようもある。しかし、食道裂孔ヘルニアは、時として耐え難い痛みを引き起こす。人によっては、救急車を呼ぶ程なのである。そんな痛みが続くのであれば、日常生活にだって支障を来す。

 

どうすれば良いのか。私は、近所の内科医の診療を受けているが、その内科医は、どうすればその痛みを回避できるのか、一向に説明してくれない。ただ、胃酸の発生を抑制するタケキャブという強いクスリを処方してくれただけなのだ。仕方がないので、私は、自らネットでの勉強を始めた。驚いたことに、ネットにはそのような情報が溢れているのだった。つまり、この病気に罹患している人はとても多く、そして、この病気が古くから存在する人間にとって普遍的なものであることが分かる。

 

また、腰痛と同じで、この病気についても西洋医学的なアプローチと東洋医学的なアプローチの双方が存在する。例えば、通常のクスリの他に、漢方薬も存在する。

 

そして、私が体験したり勉強したりした範囲で言えば、西洋医学はこの病気に対する根本的な解決策を示していないように思う。例えば、括約筋の機能低下については、老化がその原因だとされる。そして、老化が原因なので、有効な対策は存在しないことなる。また、西洋医学が提示するクスリは、基本的に胃酸の分泌量を抑えることを目的としている。しかし、本当の原因は括約筋の機能低下なのであって、西洋医学はこの問題にアプローチしていない。

 

一方、東洋医学は、この病気を生活習慣病だと位置づける。そして、機能低下を起こした括約筋を再生する方策についてもアプローチしているのだ。それは食事療法であり、姿勢についての指摘であり、呼吸法(複式呼吸)についての提案である。生活習慣の改善について、YouTubeに動画をアップしている多くの人は整体師など、東洋医学のフィールドに位置づけられる方々なのだ。また、複数の専門家が提案しているのは、日記を付けなさい、ということ。すなわち、これは生活習慣病なのであって、生活習慣は千差万別なのだ。従って、どの生活習慣がリスクファクターとなっているのか、それは医師や整体師の側では理解できない。それを分析できるのは、患者本人しかいない、ということなのである。

 

この意見に賛同した私は、早速、日記を始めることにした。その名も「胃酸逆流日誌」。

 

そこへの記載事項は、食事の内容に加え、私が抱える個別のリスクファクター、すなわち、酒、煙草、コーヒーなど、そして胸の痛みが生じたのか否か、生じた場合にはその時間帯について、記載することにした。これをやってみると、なかなか面白い。2週間前はそんな甘いことを考えていたのか、とか、1杯だけであればコーヒーを飲んでも問題ないとか、そんなことが分かってくるのである。

 

因みに、この方法が功を奏したのだと思うが、昨日、胸の痛みは生じなかった。多分、西洋医学が指摘するように、私の括約筋の機能は回復しないだろう。それでも、生活習慣を見直すことによって、あの酷い胸の痛みを回避できれば、それでいい。

 

日々、様々なことを考えているが、私が特に重要だと考えていることを2点だけ記載したい。1つ目は、食後、3時間は横にならない、ということ。飲食をすると胃酸が分泌される。そして私のように括約筋の機能が低下している場合、体を横たえると胃酸が食道への逆流を引き起こすのだ。昔の人は良く「食べてすぐ横になると牛になる」と言っていたが、この言葉が注意を喚起しているのは、正に、食道裂孔ヘルニアのリスクのことなのである。

 

2つ目は、腹八分目ということ。簡単なようであって、これが中々難しい。そもそも、食欲とは人間の生存欲求の根幹をなすものだ。そして、いつでも好きなだけ食べられるという現代の事情は、人類が過去に経験をしたことがないものである。それを意図的に抑制するのが、腹八分目なのだ。適切な食事量は、年令と共に減っていく。私の印象であるが、従来思っていた量の7割位で充分なのである。

 

胸の痛み(その4) 逆流性食道炎

 

年末年始の混雑も終わっているだろうと思って、私は、1月12日に床屋へと出掛けた。午前中に行くと、それでも3人の先客がいた。私は午後に出直すことにし、近所のラーメン屋で生ビールを1杯飲み、味噌ラーメンを食べた。

 

午後になって再び床屋を訪れた訳だが、相変わらず2人の先客がいた。急ぐ用事がある訳でもなかったので、今度は待つことにした。順番が回って来て席に着くと、主人が髪のカットを始める。

 

床屋の主人・・・いつも通りで宜しいですか?

 

もう20年は通っている店だが、彼は必ず私にそう尋ねるのだった。クルマの話をしていると、すぐにカットは終了した。今度は奥さんの番で、洗髪をしてもらう。今にして思えば、これがいけなかった。洗髪の際、極端な前傾姿勢を余儀なくされるのだ。この姿勢は、胃酸の逆流を誘発しがちなのである。なんとか洗髪が終わると、今度は椅子をリクライニングさせて、髭剃りをする。作業が終わると、奥さんは椅子をリクライニングさせたまま、何か、他の作業にとりかかったようだった。私は横になっている訳だが、その時、胸の痛みがやってきた。

 

私・・・ちょっと苦しい。

 

そう呻くように呟いて、私は起き上がった。奥さんは慌てて、椅子のリクライニングを元に戻した。

 

奥さん・・・どうされましたか? どのような姿勢が一番楽ですか?

 

私 ・・・胃酸が逆流してると医者に言われてる。椅子に座っているのが一番楽です。

 

私のただならぬ様子を見て、今度は主人が話し掛けてきた。

 

床屋の主人・・・逆流性食道炎ではないですか!

 

私 ・・・私の食道は、炎症を起こしていない。この前、胃カメラを飲んだので、それは間違いないんだ。

 

床屋の主人・・・そうですか。問題がなくて良かったですね。

 

私は、複雑な思いだった。確かに、胸部レントゲン、心電図、胃カメラ、血圧などの検査を受けたが、今のところ何の問題も発見されていない。しかし、それでも私の胸は痛むのだ。原因が分からなければ、対処のしようもない。

 

会計を済ませて、私は床屋を後にした。胸の痛みが治まる気配はない。私は、どこか座れそうな場所を探した。建設会社の裏口近くだったと思う。花壇の縁のような所があったので、私はそこに腰を下ろした。情けなかった。いつやって来るか分からない胸の痛みを抱えながら、私は、これからの余生を過ごさなければいけないのか。ただ、床屋の主人が言った「逆流性食道炎」という言葉を頭の中で繰り返していた。

 

深呼吸を繰り返したが、胸の痛みが去る気配はなかった。仕方なく、私は歩き出した。その歩幅は狭く、足の動きは緩慢だった。私は、そのように歩いている自分をヨチヨチ歩きのペンギンのようだと思った。

 

自宅へ辿り着いた後、痛みは治まった。忘れないうちにと思い、私はネットで「逆流性食道炎」という言葉検索した。多くの記事がヒットした。私はそれらの記事にのめり込んでいった。中でも良心的な医師が掲載している記事に、私は、大きく頷かされたのである。そこには原因と対策が詳細に述べられており、私には思い当たることばかりだったのである。

 

近年、逆流性食道炎の患者は増加傾向にある。その理由には、日本人の食生活が欧米化していること、また、飽食、つまりは食べ過ぎも原因となっているのだ。正確な統計はないが、日本人の10人に1人、乃至は、5人に1人がこの逆流性食道炎を経験するとの説もある。

 

主な対策としては、胃壁を刺激するような飲食物を避ける、ということがある。つまり、酒、煙草、コーヒー、辛い物、脂っこい物、炭酸飲料は避けた方が良いことになる。また、食後、間を置かずに横になると胃酸の逆流が起こりやすい。最低でも2時間、できれば3時間は横にならない方が良い。また、年を取ると胃の柔軟性が失われるので、胃の中に収められる食事の量も減少する。従って、年を取るほど、腹八分を心掛けなければいけないのだ。もちろん、あの薬剤師が言っていたように、加齢によって下部食道括約筋の機能が低下するということもある。横になる場合は、体の左側を下にした方が良い。その方が胃酸の逆流が起こりづらいのだ。加えて、こまめに水分を補給する必要もある。

 

以上の知識を前提として、私の生活を考えてみよう。私の場合、近所に日帰り温泉があり、そこに週3回は通っていたのである。朝から温泉に入り、サウナにも入り、たっぷりと汗をかく。これはダイエットにも良い。入浴の前後で、体重は1キロ以上減少する。発汗の際に体内のカロリーも消費されるに違いない。私はこの方法により、1年で7キロのダイエットに成功したのである。たっぷりと汗をかいたので、喉が渇く。そこでレストランへ行き、生ビールを2~3杯飲む。ついでにハンバーグやラーメンなどで昼食を済ませ、帰宅後、すぐに寝る。

 

上に記した知識を前提とすれば、私の生活習慣の全てが間違っていたことが分かる。よし、発症のメカニズムとその対策が分かったのだから、私は、必ずこの困難を克服できるに違いない!

 

胸の痛み(その3) 初めての胃カメラ

 

その病院はホームページを開設していたので、私は胃カメラを飲む前の晩、すなわち8日の晩、それを入念にチェックした。従来、胃カメラは口からチューブを挿入していたのだが、最近は、鼻から挿入する方法が確立されているとのこと。そしてこの病院は、鼻から挿入する最新の機器を保有しているのだった。その方が患者の負担も少ないらしい。

 

前回訪れた際、私は「夜の9時以降は、一切の飲食を控えるように」との指示を受けていた。しかし、かつて私は喫煙も控えた方が良いという話を聞いたことがあった。調べてみると、喫煙した場合、問題がないにも関わらず、何らかの指摘を受ける危険性があるとのこと。私は、飲食のみならず、禁煙をも決意した。

 

病院で受付を済ませると、検尿用のカップを渡された。トイレの中に小窓があって、カップはそこから提出する仕組みになっていた。

 

名前を呼ばれて別室へ通されると、そこには前回も対応してくれた看護婦がいた。彼女は手際よく私の身長、体重、腹囲を計測した。ちなみに腹囲は88センチだった。1年以上に渡ってダイエットに取り組み、7キロの減量に成功していた私は、少し失望した。続いて彼女は採血を始めた。注射器を操作しながら、彼女は言った。

 

看護婦・・・昨晩の9時以降は、食事を控えましたか?

 

私 ・・・飲まず食わずで、おまけに禁煙までしてきたよ。

 

看護婦・・・最近は、煙草も高いでしょ?

 

彼女は笑いながら、そう言った。次は血圧の測定だった。

 

看護婦・・・128の78ですね。

 

私 ・・・それは優秀な成績だね。130を切っている訳だからさ。

 

別の看護婦がカーテンを開け、「検尿結果にも問題はありません」と言った。

 

私はひと度、待合室に戻った。次に通されたのは、また別の部屋だった。そこは胃カメラ専用の部屋だった。壁際にベッドがあり、周囲には大きな機器が整然と並んでいた。初めて見る看護師だった。ベッドに腰かけていると、彼女は私に小さめの紙コップを手渡した。

 

私 ・・・これはバリウムですか?

 

看護師・・・いいえ、これは胃を撮影しやすくするための薬です。マズイですけど、飲んでください。

 

ちょっと口を付けてみると、味はしないような感じだった。私は残りを一気に飲み干した。すると不快な味が込み上げて来るのだった。それは自然界には存在し得ない、機械的な味だと思った。

 

私 ・・・本当にマズイね、これ。

 

それから私は、彼女の指示に従って立ち上がり、3回程、お辞儀をした。その薬剤を胃に送り込むための所作だった。

 

私 ・・・ところで、何分位かかりますか?

 

看護師・・・10分位です。それはチューブを入れてから、チューブを抜くまでの時間ということですね。ところで、鼻からチューブを入れるということで宜しいですか?

 

私は承諾して、ベッドに横たわった。彼女はまず、私の右の鼻の穴にチューブを入れようとしたが、うまくいかなかった。左の穴で試してみると、それはグイグイと言うか、ムニュムニュと言うべきか、形容のし難い感触と共に、奥の方へと入っていくのだった。私はたまらず眼を閉じた。すると今度は、両方の鼻の穴に液体のようなものが噴射されるのだった。それはシュワシュワした感じだった。鼻腔を広げるための薬のようだった。

 

やがて男性の医師がやって来た。前回も私を担当してくれた医師だった。彼は二言三言看護婦と話すと、すぐに私の左の鼻にチューブを入れ始めた。チューブは留まる所を知らず、奥へ奥へと入って行く。

 

医師・・・山川さん、大丈夫ですか?

 

私 ・・・はい。

 

それは嘘だった。こんなことをされて大丈夫な人間など、いるはずがないと思った。しかし、ここでギブアップしてしまっては、今までの苦労が水疱と帰すのだ。

 

医師・・・山川さん、胃カメラは何回目ですか?

 

私 ・・・初めてです。

 

医師・・・とても初めてとは思えない程、上手ですね。

 

看護婦・・・山川さん、上手ですよ!

 

私は彼らの言葉を子供騙しだと思った。何しろ私は横たわって、動かずに、ひたすら耐えているだけなのである。気づくと、看護婦が私の背中を懸命にさすっている。

 

看護婦・・・順調ですよ。もう半分位、来ましたよ。

 

順調なのは良かったが、まだ半分なのかと思うとつらかった。どうやらチューブは私の胃に到達したようだった。すると、止めどなくゲップが出始めた。多分、胃を撮影しやすくするために、何らかの気体かクスリを注入しているに違いなかった。

 

医師・・・少しゲップを我慢してください。

 

そんなことができるのか自信はなかったが、とりあえず私は口を閉じた。するとゲップも止むのだった。

 

医師・・・上手ですね、山川さん。

 

看護婦・・・山川さん、上手、上手!

 

すると腹部の奥の方に何かがぶつかったようだった。思わず私は呻いた。ウッ、ウー。

 

看護婦・・・今、一番奥まで来ています。

 

本当に、もう勘弁して欲しいと思った。

 

看護婦・・・あとはチューブを抜くだけです。

 

やっとの思いで眼を開けると、そこにはモニター画面があって、チューブが抜けて行く様が写っているのだった。そう言えば、「もし余裕があれば、モニター画面を見てください」と看護婦が言っていたのを思い出した。しかし、私にそのような余裕は全くなかったのだ。

 

完全にチューブが抜けると、医師が言った。

 

医師・・・私が見る限り、特に問題はなさそうです。

 

思わず、私の顔には笑みが浮かんだ。特に問題は発見されなかったからということではなく、とにかくあのチューブが私の体内から去ったことが、嬉しかったのである。私は、1つの困難を克服したのだ。それがとても嬉しかった。この困難を乗り越えたのだから、今後私は、どんな困難でも乗り越えることができる。そんな自信すら湧いてきたのだった。

 

待合室でへたり込んでいると、再度名前を呼ばれ、私はまた別の部屋へ通されたのだった。そこには、女性の医師と看護婦が控えていた。机の上にはモニター画面があって、6枚の写真が映し出されていた。いうまでもなく、それは撮影したばかりの私の食道、下部食道括約筋、胃、そして十二指腸だった。

 

何故か、再度、血圧が測定された。今度は130を少し超えていた。胃カメラを飲んだ直後なので、血圧が上がるのは当然だと思った。

 

写真を示しながら、女性医師が説明を始めた。彼女は、この分野を専門としているようだった。結論から言えば、特に問題はない、とのことだった。

 

私は自宅に戻り、煙草に火を付けた。15時間ぶりの煙草だった。

胸の痛み(その2) 胃酸逆流

 

年が明けても、胸の痛みが消えることはなかった。継続的に痛むのではない。1日に1回、30分~50分程度、痛みが続く。それが過ぎてしまえば、何の支障もないのである。それは発作と呼ぶに相応しい現象だった。

 

元来、私は医者嫌い、病院嫌いなのである。理由はいくつかある。1つには、医療システムに対する不信感がある。病院へ行けば、薬を投与される。それが本当に必要なものであれば、私にも異議はない。しかし、病院は製薬会社とグルになっていて、薬の売り上げを伸ばすために、本来は不要であるはずの薬まで投与しているのではないか。例えば、血圧の上限は130だと言われているが、本当だろうか? はなはだ疑問である。しかし、この数値を上回れば、血圧降下剤を飲まされることになる。そして、ひと度それを飲み始めると、止める訳にはいかないという話を聞いたことがある。私が病院を嫌う2つ目の理由は、あの雰囲気にある。消毒液の臭いや、患者たちが醸し出す憂鬱な雰囲気。これが嫌なのだ。3つ目の理由としては、現役時代に産業医から言われた強烈な一言である。その産業医は、ヘビースモーカーである私にこう言ったのだ。「永年、煙草を吸い続けているあなたの肺の下の方は、既に腐っている。何故なら、重力によってニコチンは肺の下の方に溜まるからだ」。いくら産業医だからと言って、そこまで酷いことを言う権利はないのではないか。

 

このような理由から、私はかれこれ10年に渡って、健康診断を受けたことがない。

 

しかし、どうしよう。病院へ行かず、このまま胸の痛みに耐え続けるか、信念を曲げて病院へ行くか。それが問題だった。熟考の末、私は病院へ行くことに決めた。

 

正月休みが明けた1月5日、私は近所の内科医院を訪れた。入口のドアには張り紙があって、「発熱、咳、痰など風邪の症状がある方は、インターホンでお話しください」と記されていた。私は、咳と痰の症状があったので、インターホンのボタンを押した。そこで、症状や経緯を説明し、その上、健康保険証の情報を細部に至るまで説明したのである。相手方の女性は、30分後にクルマで再度訪問するよう私に指示をした。クルマは持っていないと言うと「それでは暖かい服装でおいでください」と彼女は言った。

 

つまり私は、コロナ感染を疑われたのである。私はコロナに感染しているのだろうか? 私の胸の痛みの原因は、コロナなのだろうか? 私は混乱した。

 

30分後に再び、病院のインターホンを鳴らした。入室を許可され、私は、個室の待合室に通された。間もなく別の扉が開き、私は、診察室へと通された。

医師・・・どうされましたか。

 

私は、概略を説明した。医師の落ち着き払った様子に、少し腹が立った。こちらは大変な問題を抱えて、訪問しているのだ。落ち着いている場合ではないのである。しかし、私より重篤な患者も数多くいるだろうから、医師にしてみれば、いちいち右往左往する訳にもいかないのかも知れなかった。

 

医師・・・あなたが説明されたストーリーからすると、1つの仮説が成立します。すなわち、激しい咳が出て、あなたの肋骨にヒビが入っている可能性がある。

 

彼はそう言って、私の胸を軽く押した。しかし、私は全く痛みを感じない。これは困った。原因が分からなければ、治療もできない。そこで、私は検討違いかも知れないとは思いつつ、次のように言ってみた。

 

私 ・・・どのように痛むかと言うと、それはゲップが出そうで出ないときに感じる痛みに似ているんです。実際、症状が出たときに私は、コーラを飲むようにしています。すると強制的にゲップが出て、少し痛みが和らぐ感じがします。

 

医師・・・そうですか。それでは、胃酸が逆流している可能性がありますね。とりあえず今日は、胃酸の発生を抑える薬を処方しておきましょう。

 

胃酸が逆流することによって、胸が痛くなるのかどうか、私には皆目見当がつかなかった。医師は、矢継ぎ早に続けた。

 

医師・・・今日は、レントゲンと心電図を取りましょう。それから、この際、市が運営している健康診断を受けるということで宜しいですか。それであれば、無料で胃カメラを受診することができるのですが・・・。

 

市が健康診断を運営していることは、百も承知だった。頼みもしないのに、毎年、通知が来るのだ。これはほぼ、フルスペックの検診なのである。しかし、胃酸の逆流ということであれば、胸の痛みの原因が胃の不調にある可能性は否定できない。私はしぶしぶ承諾したのだった。えーい、毒を食らわば皿までだ! もう引き返す訳には行かない。覚悟を決めよう。私は自分にそう、言い聞かせた。

 

私は別室に連れて行かれ、胸部レントゲンの撮影と心電図の計測を受けた。服装を整えていると先ほどの医師がやってきて、肺にも心臓にも問題はない、と言った。私の肺は、まだ腐っていなかったのである!

 

私は9日に胃のレントゲン検査の予約を入れ、クスリの処方箋をもらって、病院を出た。すぐ隣が、薬局になっている。薬剤師が私に話し掛けてきた。先ほどの医師は、とても忙しそうだったが、こちらの薬剤師は暇そうである。私は彼に、症状の概略を説明した。

 

薬剤師・・・それはやはり、胃酸の逆流でしょうね。実は、最近増えているんですよ。丁度胸の中央あたりに下部食道括約筋というのがありまして、通常はこれが胃酸の逆流を抑える働きをしています。しかし、何らかの理由でその機能が低下すると、胃酸が逆流して食道にまで侵入する訳です。

 

私・・・胃酸が逆流すると胸が痛むのですか?

 

薬剤師・・・はい、痛みます。

 

彼は、自身あり気にそう言ったのだった。

 

私・・・その機能が低下するという原因は何でしょうか?

 

薬剤師・・・失礼かも知れませんが、多くの場合、理由は加齢なんです。

 

私は、大きく頷いた。

 

私が処方されたのは、タケキャブというクスリだった。これを飲んだ結果、5日と6日には胸の痛みは解消されたのである。しかし、7日には再発した。そして、9日に予定された胃カメラのことを思うと、私は憂鬱で仕方がなかったのである。