文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

ミシェル・フーコー

反逆のテクノロジー(その10) 3つの絶望

フランスの哲学者であるミシェル・フーコーは、その生涯を通じて、少なくとも3つの絶望に直面したのだと思います。本稿では、そのことについて書いてみたいと思います。 1.「人間の終焉」という絶望 最初に挙げたいのは、「言葉と物」のラストを飾る「人…

反逆のテクノロジー(その7) 文体について

こんなブログではありますが、4年もやっておりますと、私なりに「もっと自由に書ける文体はないか」、「もっと深く分かりやすく表現できる文体はないか」などということを考えます。小学校の頃、「だである調」と「ですます調」というのを習いました。原則と…

反逆のテクノロジー(その6) 他者の力

「君、今日は寒いだろ。だから、これが欲しくなるんだよ」 文芸評論家の秋山駿さんは、ホワイトホースの水割りの入ったグラスを揺らしながら、そう言って笑った。早稲田の文学部近くにある喫茶店でのことだった。寒いのに、何故、氷の入ったものを飲むのだろ…

反逆のテクノロジー(その5) 狂気への眼差し

皆様は「狂気」という言葉を聞いて、どのような印象をお持ちになるでしょうか。では、「狂人」と言った場合はどうでしょうか。できれば触れたくない、関わりを持ちたくない、とお感じになるのではないでしょうか。しかしフーコーの場合は、違ったようなので…

反逆のテクノロジー(その4) エピステモロジー(科学認識論)とは何か

ここで、若き日のフーコーを取り巻いていた思想界の状況を見ておくことに致します。 まず、エピステモロジー(科学認識論)ということがある。これが何か、良い解説文がなくて探していたのですが、意外にも哲学の入門書(文献6/末尾参照方)にそれを発見す…

反逆のテクノロジー(その3) 狂気に愛された哲学者

ミシェル・フーコーは、ゲイだった。多くのアカデミックな文献は、あまりそのことに触れていない。私は、たまたま手にした「FOR BEGINNERS」という入門書によって、そのことを知った。この本には、かなり生々しい記述がある。フーコーの遺作は「性の歴史」と…

反逆のテクノロジー(その2) 表意文字と表音文字

同一の言語を使っている民族がいたとして、その民族が認識している対象範囲は、その言語を調査すれば分かる、という話があります。例えば、テレビを持たない民族は、テレビという言葉も持たない。そう言えば、発展途上国に駐在している商社マンから、現地の…

反逆のテクノロジー(その1) はじめに

しばらくこのブログの更新が滞っていましたが、主にフランスの哲学者ミシェル・フーコー(1893-1984)を題材とした新規連載、「反逆のテクノロジー」を始めることに致します。本稿の目的は、フーコーの思想的な軌跡を学術的に検討するというものではありま…