私たち人類と、人類が育んできた文化には、とても長い歴史があります。そのため、文化を育む基本的な原理があるとすれば、それはとても強固なものであることになります。他方、私たちの目に止まる文化の表層は、急速に変化している。従って、何が不変の原理で、何が変化する表層なのか、この点を見極めることはとても重要だと思うのです。そのような観点から、この第2章では歴史を概観してみます。
まず、138億年前にビッグバンが起こり、宇宙が誕生した。また、46億年前に太陽を巡る惑星としての地球が誕生する。38億年前、地球上に簡単なDNAを持つ微生物のような生命体が誕生する。(文献1)この生命体は地球上のあらゆる場所に拡散し、環境に適応してきた。地球が燃えるような熱に包まれた時には地中に潜り、逆に氷河期には、海底に噴き出す温泉の近くで、生き延びてきたと考えられています。その生命体は、やがて爬虫類となる。巨大化した爬虫類、すなわち恐竜が闊歩した時代、私たちの祖先は爬虫類から進化し、ネズミのような形をした哺乳類となった。やがて、その哺乳類がサルになる。700万年前、私たちの祖先は、チンパンジーと別れ、ヒトとしての進化を始める。(文献2)この時代の私たちの祖先は、「初期猿人」と呼ばれています。400万年前、私たちの祖先は森林から草原へと進出する。そして、2足歩行を始め、初期猿人は「猿人」へと進化を遂げる。
200万年前、私たちの祖先の脳は拡大し、知能が発達した。本格的に道具を作成し、狩りを行うようになる。(文献2)これが、猿人から進化した「原人」です。そして、180万年前、私たちの祖先の奥歯が小さくなる。(文献1)これは、火を使うようになり、固い生肉を喰いちぎる必要がなくなったからだと考えられています。
60万年前には、中・大型動物の狩猟を行う「旧人」が登場します。
20万年前、アフリカで誕生した私たちホモ・サピエンスは「新人」と呼ばれています。(文献2)
遅くとも7万年前には、抽象的な思考や、文法を持つ言語が発生したという説があります。(文献3)
ホモ・サピエンスは7万年前~6万年前にアフリカを出発し(文献2)、4万年前~3万年前頃、日本列島に到着しました。
1万年前には、農耕と牧畜が始まります。(文献2)人口が増え、狩猟と採集では食べていけなくなったのが、その理由だと言われています。農耕、牧畜を始めるということは、ヒトが定住を開始したことを意味します。そして、定住する、土地を耕すことから、それはあたかも人類が縄張りを持ち始めたことを意味しているように思います。そこから、人類集団間の争いが始まったものと私は考えています。
6千400年前、メソポタミア文明、エジプト文明において、文字が発明される。(文献3)
1. 動物としての時代(700万年前~200万年前)
私たちの祖先は、いつから動物になったのかという問題があります。恐竜時代まで遡るという考え方もあるでしょうが、一応、チンパンジーと分岐した700万年前を起点としておきましょう。
この時代から、私たちの祖先は音、光、匂いなどの記号を認知し、行動していました。また、この時代から、ヒトは集団を作って生活していました。それは、サルの生態を見ても明らかです。よって、自分がどの集団に帰属しているのかという意識は、明確に持っていたものと思われます。
この時代、サルは木の実や草の根などを食べていたものと思われます。すなわち、採集が生活の基本だった。また、自らの遺伝子を残そうとする本能も、強く働いていたものと思われます。それは、新たに集団のリーダーに就任したオスが、前任者の子供を殺すことからも明らかです。この子殺しという現象は、チンパンジー、ゴリラ、ライオンなどにおいて観察されています。(但し、女性の連れ子を虐待する、最悪の場合は殺してしまうという現象は、現代の日本においても、繰り返されているように思えてなりません。)
すなわち、この時代の私たちの祖先には、以下の本能的な傾向があったことが分かります。
・記号による認知
・集団への帰属意識(支配意識)
・食欲
・遺伝子を残したいという欲求
しかし、彼らはまだ文化を手に入れてはいなかった。
2.狩猟採集の時代(200万年前~1万年前)
次に、ヒトはいつから動物ではなく、ヒトになったのかという問題があります。これはやはり、道具を使う、火を使うというところにターニングポイントがあるように思います。すなわち、200万年前に、ヒトとしての歴史が始まった。そして、人々は道具を使って“狩猟”を始めた。私は、全ての文化はこの時代に生まれたと考えています。
記号系・・・ヒトは獲物となる動物の足跡、匂い、鳴き声など、認知する記号の種類と量を各段に増加させた。そして、未だ文字を持たなかった彼らは、例えば“Aグループ”と言う代わりに“トカゲグループ”などの呼称を用いて、自らの集団を記号化した。これが、トーテミズムです。
競争系・・・特段身体的な優位性を持たない人類が狩猟を行うためには、集団で狩りを行う必要があった。そして、獲物の体躯が大きくなるに従って、人類の狩猟集団もその規模を拡大する必要があった。集団には、リーダーが必要となる。そして、リーダーを頂点とし、そのリーダーに近い側から、順に序列が決まっていったのだろうと思います。序列には2つの意味があった。1つ目は、獲物を食べる順序。2つ目としては、異性を確保する順序。そういうメンタリティが、この時代に生じたに違いありません。
身体系・・・動物を真似て、歌う、踊る、着飾るという文化が生まれた。これらの文化は祭りを形成し、祭りは他の部族とのコミュニケーションに役立った。というのは、近親相関を回避するために、女性を部族間でやり取りする必要があったからだと思います。他の部族との親交を深める。そのためには、祭りを開催し、互いに歌や踊りを披露する。場合によっては、一緒に踊る。そういう文化が生じたのだろうと思います。
物質系・・・狩猟を行うために、人々は武器を開発した。
想像系・・・動物に触発され、人々は神話やその他の物語を語り継ぐようになった。
3.農耕と牧畜の時代(1万年前~)
狩猟採集の時代、人々は身体の基本的な機能を駆使していた。例えば、走る、跳躍する、投げるなど。これらの機能は、農耕、牧畜ではあまり要求されない。そこで、スポーツが生まれる。
縄張りを持ち始めた人類は、狩猟の際に使用していた武器を使って、互いに殺し合いを始めた。
文字が開発され、普及したことによって、神話や物語が体系化され、宗教が生まれた。
4.国際戦争と思想の時代(1776年~)
1776年のアメリカの独立宣言と1789年のフランス革命が、新たな時代の幕開けとなった。法治主義、民主主義などの概念が発生し、近代的な国家が誕生する。国家が生まれると、国家間の戦争が始まる。戦争に対する反対概念として、平和主義という考え方も生まれる。第1次世界大戦の反省から国際連盟が誕生し、第2次世界大戦への反省から、国際連合が組織された。
5.グローバリズムとITの時代(1979年~)
1979年、フランスの哲学者、リオタール(1924 - 1998)が、その著書「ポストモダンの条件」の中で、「大きな物語の終焉」を宣告し、近代が終わり、ポストモダンと呼ばれる時代に突入した。「大きな物語」とは、例えばマルクス主義のように体系づけられた思想を意味していた。時代は更に動き、その後、グローバリズムが進展し、ITが世の中を一変させた。そして、今日に至る。
私の主たる歴史認識は、上記の通りです。このように考えますと、例えば、私たちの文化には200万年の歴史のあることが分かります。また、歴史を通じて言えることは、人類は、徐々にではありますが、確実にその集団の規模を大きくしてきたということです。そして、近代以降、人々を取りまとめる集団は、国家と呼ばれるようになりました。これは、地域集団、民族集団、宗教集団などよりも大きな単位だと思います。しかし、今、グローバリズムが進展している。これはもう、間違いありません。すると、将来的には、無くなりはしないものの、国家という集団の機能は低下し、そこに伴うメンタリティも衰退する可能性があります。いや、既に「愛国心」という言葉を聞かなくなりました。上記のように長いスパンで人類の文化を見た場合、「国家」ですら、一過性の幻想であるのかも知れない、ということになります。
他方、万が一、国家と呼ばれる集団がその姿を変えたとしても、私が、記号系、競争系、身体系、物質系、想像系と呼んでいる文化領域は変わらないと思うのです。その比率に変化はあったとしても、いつの時代でも人々は歌い、踊り、着飾り、記号や物に働きかける。そこには、とても長い歴史があるのですから。
(参考文献)
文献1: 私たちはどこから来て、どこへ行くのか/森達也/筑摩書房/2015年
文献2: 面白くて眠れなくなる人類進化/左巻健男/PHPエディターズ・グループ/2016年
文献3: 人類はどこから来て、どこへ行くのか/エドワード・O・ウィルソン/科学同人/2013年