文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

猫と語る(第1話) 夏の終わりに

 

クルマを走らせて、いつものコンビニへ行ったのだが、そこではある物を買うことができなかった。ある物とは、かりんとうのことだ。何を隠そう、最近、私はこれにはまっている。サクサクとした歯触りがあって、その後、口の中にほんのりと広がる黒糖の甘み。これがたまらない。いわゆるビール腹になってしまった私は、ダイエットに挑戦中である。ダイエット中なのだから、甘い物は控えた方が良いのは分かっている。しかし、かりんとうのあの味が忘れられない。ネットで調べてみると、ダイエット中でも食べ過ぎなければ良いとのこと。そうだ、食べ過ぎなければ、かりんとうを食べても良いのである。

 

どうしよう。しばらく迷ったあとで、私は、別のコンビニを目指すことに決めた。

 

海岸沿いに車を走らせると、左手に漁港が見えてくる。多くの漁船が泊まっている。但し、そのほとんどは既に漁を止め、観光客相手の釣り船として使用されているらしい。かつては、呆れるほどイカがとれたのだが、最近は、めっきりとれなくなった。昨年、港の中にある市場の面積も半分に縮小されてしまった。

 

エアコンを止めて、窓を開けてみる。心地よい潮風が、頬を撫でる。

 

海水浴シーズンだと、この辺り一帯の道路は酷い渋滞に悩まされる。しかし、お盆の時期も過ぎた今は、快適なドライブを楽しむことができる。右手に神社を見て更に進むと、トンネルに差し掛かる。そこからしばらく登り坂が続く。2つ目のトンネルを過ぎると、突然視界が開け、左手に大海原が広がって見える。ここは絶景スポットと言える場所で、元旦には初日の出を見ようと、何台ものクルマが集まるのである。

 

曲がりくねった道を更に進むと、真新しいコンビニの看板が目についた。走り慣れた道だが、初めて見るコンビニだった。裏手にはだだっ広い敷地があって、その全てが駐車場になっていた。停まっているクルマは、まばらだった。

 

コンビニの中は、全てがピカピカだった。天井も床も、そして所せましと陳列されている商品の全てが、光り輝いているように見えた。私はかりんとうを2袋購入した。レジを済ませて表に出ると、少女の声が聞こえた。

 

- あっ、こんな所に猫がいる!

 

見ると、コンビニの壁の近くに猫がうずくまっている。猫の近くにしゃがみ込むと、少女はためらうことなく猫の背中を撫で始めた。

 

- ママ、この猫、連れて帰りたい!

- だめよ。誰かの飼い猫かも知れないでしょ。

- ちぇっ。つまんないの。

 

親子連れが立ち去ると、そこには猫と私だけが取り残された。私は、猫の背後に立っている。猫が私の存在に気づいているのかどうか、それは分からない。近寄ってみると、その猫は熱心に自分の手を舐めているのだった。

 

私は、ふと猫の背中を撫でてみたいと思った。先ほどの少女は、いとも簡単にそれをやってのけたのだ。私にできないはずはない。しゃがみこんで、掌を猫の背中にそっと当ててみる。何という感触だろう! 少しざらざらしていて、暖かい感じがした。肩の辺りを触ると、うっすらと猫の骨格を感じた。何よりも驚いたのは、その猫が私に撫でられていることに全く頓着のないことだった。自分よりも十倍は大きな人間という動物に触られているというのに、その猫は全くそんなことを気にすることなく、ただ、自分の手を舐めているのだ。

 

その日から、私は何となく猫に惹かれ始めたのだった。