文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

胸の痛み(その4) 逆流性食道炎

 

年末年始の混雑も終わっているだろうと思って、私は、1月12日に床屋へと出掛けた。午前中に行くと、それでも3人の先客がいた。私は午後に出直すことにし、近所のラーメン屋で生ビールを1杯飲み、味噌ラーメンを食べた。

 

午後になって再び床屋を訪れた訳だが、相変わらず2人の先客がいた。急ぐ用事がある訳でもなかったので、今度は待つことにした。順番が回って来て席に着くと、主人が髪のカットを始める。

 

床屋の主人・・・いつも通りで宜しいですか?

 

もう20年は通っている店だが、彼は必ず私にそう尋ねるのだった。クルマの話をしていると、すぐにカットは終了した。今度は奥さんの番で、洗髪をしてもらう。今にして思えば、これがいけなかった。洗髪の際、極端な前傾姿勢を余儀なくされるのだ。この姿勢は、胃酸の逆流を誘発しがちなのである。なんとか洗髪が終わると、今度は椅子をリクライニングさせて、髭剃りをする。作業が終わると、奥さんは椅子をリクライニングさせたまま、何か、他の作業にとりかかったようだった。私は横になっている訳だが、その時、胸の痛みがやってきた。

 

私・・・ちょっと苦しい。

 

そう呻くように呟いて、私は起き上がった。奥さんは慌てて、椅子のリクライニングを元に戻した。

 

奥さん・・・どうされましたか? どのような姿勢が一番楽ですか?

 

私 ・・・胃酸が逆流してると医者に言われてる。椅子に座っているのが一番楽です。

 

私のただならぬ様子を見て、今度は主人が話し掛けてきた。

 

床屋の主人・・・逆流性食道炎ではないですか!

 

私 ・・・私の食道は、炎症を起こしていない。この前、胃カメラを飲んだので、それは間違いないんだ。

 

床屋の主人・・・そうですか。問題がなくて良かったですね。

 

私は、複雑な思いだった。確かに、胸部レントゲン、心電図、胃カメラ、血圧などの検査を受けたが、今のところ何の問題も発見されていない。しかし、それでも私の胸は痛むのだ。原因が分からなければ、対処のしようもない。

 

会計を済ませて、私は床屋を後にした。胸の痛みが治まる気配はない。私は、どこか座れそうな場所を探した。建設会社の裏口近くだったと思う。花壇の縁のような所があったので、私はそこに腰を下ろした。情けなかった。いつやって来るか分からない胸の痛みを抱えながら、私は、これからの余生を過ごさなければいけないのか。ただ、床屋の主人が言った「逆流性食道炎」という言葉を頭の中で繰り返していた。

 

深呼吸を繰り返したが、胸の痛みが去る気配はなかった。仕方なく、私は歩き出した。その歩幅は狭く、足の動きは緩慢だった。私は、そのように歩いている自分をヨチヨチ歩きのペンギンのようだと思った。

 

自宅へ辿り着いた後、痛みは治まった。忘れないうちにと思い、私はネットで「逆流性食道炎」という言葉検索した。多くの記事がヒットした。私はそれらの記事にのめり込んでいった。中でも良心的な医師が掲載している記事に、私は、大きく頷かされたのである。そこには原因と対策が詳細に述べられており、私には思い当たることばかりだったのである。

 

近年、逆流性食道炎の患者は増加傾向にある。その理由には、日本人の食生活が欧米化していること、また、飽食、つまりは食べ過ぎも原因となっているのだ。正確な統計はないが、日本人の10人に1人、乃至は、5人に1人がこの逆流性食道炎を経験するとの説もある。

 

主な対策としては、胃壁を刺激するような飲食物を避ける、ということがある。つまり、酒、煙草、コーヒー、辛い物、脂っこい物、炭酸飲料は避けた方が良いことになる。また、食後、間を置かずに横になると胃酸の逆流が起こりやすい。最低でも2時間、できれば3時間は横にならない方が良い。また、年を取ると胃の柔軟性が失われるので、胃の中に収められる食事の量も減少する。従って、年を取るほど、腹八分を心掛けなければいけないのだ。もちろん、あの薬剤師が言っていたように、加齢によって下部食道括約筋の機能が低下するということもある。横になる場合は、体の左側を下にした方が良い。その方が胃酸の逆流が起こりづらいのだ。加えて、こまめに水分を補給する必要もある。

 

以上の知識を前提として、私の生活を考えてみよう。私の場合、近所に日帰り温泉があり、そこに週3回は通っていたのである。朝から温泉に入り、サウナにも入り、たっぷりと汗をかく。これはダイエットにも良い。入浴の前後で、体重は1キロ以上減少する。発汗の際に体内のカロリーも消費されるに違いない。私はこの方法により、1年で7キロのダイエットに成功したのである。たっぷりと汗をかいたので、喉が渇く。そこでレストランへ行き、生ビールを2~3杯飲む。ついでにハンバーグやラーメンなどで昼食を済ませ、帰宅後、すぐに寝る。

 

上に記した知識を前提とすれば、私の生活習慣の全てが間違っていたことが分かる。よし、発症のメカニズムとその対策が分かったのだから、私は、必ずこの困難を克服できるに違いない!