文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

大腸ポリープの切除

 

実は私、昨日、大きな病院へ行き、大腸ポリープを切除してもらったのである。年始から始まった私の病院通いがいつ終わるのか、それはまだ分からないが、とりあえず憂鬱の種が1つ消えたことは確かだ。事の顛末をここに報告したい。

 

昨年の12月25日に突然発症した激しい胸の痛み。たまらず私は近所の内科医を訪れた。そこで胃酸が逆流しているとの指摘を受け、それと同時に胃カメラによる診療を受けるよう推奨された訳だ。何しろ、胃酸が逆流している可能性があるということは、胃に何らかの問題のある可能性がある。私は渋々、胃カメラによる診療を承諾した。その際、医師はこうも言ったのである。

 

医師・・・市が運営している健康診断を受けるということで宜しいですね。そうすれば胃カメラの費用は無料になります。市の方へは私から連絡しておきます。

 

胃カメラの費用がどの程度なのか、私は知らない。しかし、無料になるということであれば私にこれを断る理由はないと思った。但し、市の健康診断は様々な診断がパッケージになっているのだった。以後、私は胃カメラのみならず、言われるがままに様々な診断を受けさせられたのである。そしてそれらの診断の中には、検便も含まれていたのだ。

 

1月30日、私はその内科医院へ結果を聞きに行った。嫌な予感はしていた。もし検便の結果が悪ければ、その後には大腸の内視鏡検査が控えている。ご存じの方も多いと思うが、この内視鏡検査とは、肛門から管を入れて大腸の内部を見るというものだ。私はこの検査を経験した者を3人知っている。彼らからその概略は聞いていたが、そのような屈辱を受けてまで、人間は生きる必要があるのだろうか? 死んだ方がマシではないのか?

 

しかし、現実は厳しかったのである。医師は厳しい表情と口調で、私に結果を告げた。紹介状を書くから、大病院へ行ってその検査を受けろと言うのである。詳細は看護婦の方から説明するので、隣室へ行ってくれと言われた。目の前が真っ暗になった。

 

隣室へ行くなり、私は看護婦に尋ねた。

 

私・・・その検査って、もしかするとお尻の穴からチューブを入れるヤツですか?

 

看護婦は申し訳なさそうな表情をして、ゆっくりと首を縦に振った。

 

看護婦・・・実はね、私も経験したことがあるの。

 

私・・・それは痛い?

 

看護婦・・・あまり痛くはないけれど、下剤を飲むのが大変だったわね。ほぼ、1日がかりよ。こうなったら、覚悟を決めるしかないわね。

 

そして、運命の鞭が振り下ろされる日は、2月8日と決まった。

 

嫌なことは、早めに終わりにしたい。宣告(1月30日)から執行(2月8日)までの期間が比較的短かったのは、不幸中の幸いと言うべきか。

 

臨戦態勢に入るのは、検査の前日からである。まず、厳しい食事制限が課される。簡単に言うと、野菜や海藻など、食物繊維を多く含む食材は、消化に時間が掛かるので、禁止される。お酒もダメ。反対に炭水化物や卵、パンなどは食することが認められる。私はコンビニへ行き、塩むすびや卵サンドを購入すると共に、湯豆腐食べてしのいだ。この日から酒もNG。夜には、予め渡された下剤を飲まなければならない。私はこれを夜の9時頃に飲んだが、深夜の1時頃には効き始め、以後、1時間おきにトイレに駆け込んだのである。睡眠不足も甚だしい。

 

検査当日、8時半には病院に到着した。受付を済ませると、地域医療連携室という名前だったと記憶しているが、そこの前の長椅子で待たされた。30分程待っていると名前を呼ばれた。先方が言うには、売店へ行って医療パンツなるものを買えとのこと。これはパンツの後ろ側に穴が開いているもの。加えて、オムツも買った方が良いとのこと。これはショックだった。

 

但し、事前にYouTubeで予習をしていた私は、事情を理解することができた。かつては、複数の患者が大部屋に集められたらしい。そこで各人が下剤を飲む訳だが、皆が一斉にトイレに立つので、順番待ちが発生する。待っている間に耐えきれなくなって、漏らしてしまう。そんなことが現在まで続いているのか否か、私に知る術はなかった。とても情けない思いだったが、言われるままに私はそれを購入したのである。

 

次は、血液検査だった。そして、診察室へと進んだ。私が通されたのは、給湯室を改造したような個室だった。トイレの場所を確認すると、それはすぐ隣にあった。しかも、私専用と思われるトイレまであるのだった。そのトイレのドアには、「院飲み者専用」との張り紙があった。

 

ちなみに、検査当日にはモビプレップという下剤を飲む訳だが、この作業については、自宅で行う宅飲みと、病院で飲む院飲みの2パターンがある。私が訪れた病院は、院飲みを原則としているようだった。これは、その方が良い。下剤を飲み続けているうちに具合が悪くなった場合、院飲みであれば、すぐに医療従事者の力を借りることができる。また、宅飲みであった場合、自宅から病院へ移動している最中に便意が生ずるリスクもある。

 

いずれにせよ、私はオムツの着用は不要だと判断した。

 

看護婦が指し示した椅子に座ると、眼の前には既にモビプレップの準備がなされていた。モビプレップ用のコップが2つと、水用のコップが1つ並んでいる。いずれのコップにも200ccを示す線が書かれている。つまり、下剤であるモビプレップをコップで2杯飲み、その後、水を1杯飲む。これを繰り返して、最終的にはモビプレップを1.5リットル以上飲まなければならないのだ。また、モビプレップを飲む速さについては、10分乃至15分で1杯を飲むことになっている。

 

予め用意された一覧表があって、モビプレップを何杯飲んだか、トイレに何回行ったか、それを記録していく仕組みになっている。

 

パーマを掛けた看護婦が、リラックスするようにと言って、テレビのリモコンを置いて行ってくれたが、とてもそのような気分にはなれなかった。モビプレップの味は、そう悪くはなかった。強いて言うならば、それは賞味期限を過ぎたスポーツ飲料のような味だった。問題は、その量である。結局私は、200ccずつのモビプレップと水を12杯飲み、トイレには9回行った。

 

私の様子を見に来てくれたパーマ頭の看護婦に私は、麻酔を打ってもらうよう頼んだ。しかし、彼女は乗り気ではなさそうだった。YouTubeによれば、麻酔を打ってもらうと、うとうとしているうちに、いつの間にか施術が終わっているとのことで、私もそうして欲しかったのである。

 

私・・・麻酔を打つことによるデメリットは何ですか?

 

押し問答を続けた後、私は彼女にそう尋ねた。

 

看護婦・・・麻酔は安全だと言っても、リスクはゼロではないのです。あなたの場合、年令的な問題もあるし・・・。

 

そう言われてしまえば、反論の余地はないように思えた。結局、私は麻酔を受けることなく、検査に臨むことになったのである。

 

私は、更衣室へと案内され、下は医療パンツに、上は作務衣のような服に着替えた。心の準備ができていた訳ではなかったが、診察室はとても近くにあった。

 

医師・・・山川さんですね。宜しくお願いします。

 

感じの良さそうな医師が、そう話し掛けてきた。私は早速、体の左側を下にして、ベッドに寝かされた。ベッドは、多分30センチ程、リフトアップされた。間もなく、私は最初の一撃をくらったのである。思わず私は、呻いた。だから麻酔を掛けろと言ったのだ。私は、看護婦との交渉で妥協してしまったことを後悔した。

 

間髪を入れず、内視鏡が挿入された。その映像は、大きなモニター画面に映し出された。ポリープや癌は、肛門の近くに発生することが多い。私は、食い入るようにモニターを見ていた。すると、不自然に赤黒い突起物のような物が見えた。まずい。

 

医師・・・ああ、ここにポリープがありますね。後で良く観察しましょう。

 

内視鏡は、奥へ奥へと進み続ける。まず、内視鏡を一番奥まで挿入し、そこから少しずつ戻ってくるのだ。

 

私・・・そろそろ一番奥まで来ましたか?

 

医師・・・まだですよ。大腸は、1.5メートルもあるんです。痛いですか?

 

私・・・痛くはないんですが、変な感じなんです。

 

医師・・・一番奥まで到達しました。

 

そこから内視鏡はバックを始める。そして、先ほどのポリープの所で停止した。

 

医師・・・1.5センチだな。

 

そう呟いて、医師はまず、ポリープの根っこを紐で縛るような作業に着手した。作業内容は相変わらず、モニターの鮮明な画像で確認できるのだ。微妙で繊細な作業だった。

 

医師・・・さあ、ポリープの根っこを縛ることに成功しました。これで、もし切除できなかったとしても、このポリープは消滅するので問題ありません。

 

そして医師は、ポリープの切除にとりかかった。作業は難航しているようだった。電気を使う関係上、私の足がアースとして使われたようだった。「冷たくてごめんなさい」。看護婦はそう言って、私の左足に電極を張り付けたのだった。作業を始めてから、既に15分が経過していた。何もなければ、そろそろ終わる時間だった。

 

医師・・・切除に成功しました!

 

私はほっとした。一刻も早く、この気味の悪いチューブを抜き去って欲しいと思った。

 

医師・・・すいません。切除したポリープを見失ったので、これから探しに行きます。

 

そんなもの、何も回収しなくたって良さそうなものだ。

 

私・・・あった!

 

モニターに切除されたポリープを発見した私は、思わずそう叫んでいた。やがて切除後のポリープを回収し、作業は終わったのである。パーマを掛けた先ほどの看護婦がシャーレの上にポリープを乗せて、私に見せてくれた。小指の先っぽ程の大きさだった。

 

結局、作業には30分を要した。

 

私はトイレに行って、尻の回りに付着した大量のゼリー状のものを拭った。これが私の体と内視鏡の摩擦を回避する潤滑油のような働きをしていたのだと気づいた。

 

着替えを済ませ、指定されたソファに座って待っていると、女医のような人が来て、説明をしてくれるのだった。

 

女医・・・画面は見ていましたか。

 

私・・・見てましたよ。

 

女医・・・残ったポリープを縛っている黄緑色の糸があったのは分かりました。

 

私・・・ありましたね。

 

女医・・・傷口が修復されるとあの糸は、自然と排出されるので、問題はないんです。

 

私・・・そうですか。ところで、癌の心配はありませんか?

 

女医・・・これから組織検査をしてみないと分かりません。但し、仮にあのポリープが癌化していたとしても、根っこから切除したので、問題はありません。切除した部分から出血するといけないので、今後1週間は気を付けてください。お酒は飲めません。

 

私・・・今日は有難うございました。

 

こうして、私の大腸ポリープは切除されたのである。痛みに関して言えば、あまりなかったということになる。私の場合は、胃カメラの方が余程つらかった。それが証拠に、今回は、モニター画面を注視し続ける余裕があったのだ。

 

大腸のポリープは、放っておくと次第に大きくなる。そして、大きくなればなる程、それが癌になるリスクが高まる。今回切除しておいて、良かったと思う。