文化認識論

(世界を記述する。Since July 2016)

胸の痛み(その2) 胃酸逆流

 

年が明けても、胸の痛みが消えることはなかった。継続的に痛むのではない。1日に1回、30分~50分程度、痛みが続く。それが過ぎてしまえば、何の支障もないのである。それは発作と呼ぶに相応しい現象だった。

 

元来、私は医者嫌い、病院嫌いなのである。理由はいくつかある。1つには、医療システムに対する不信感がある。病院へ行けば、薬を投与される。それが本当に必要なものであれば、私にも異議はない。しかし、病院は製薬会社とグルになっていて、薬の売り上げを伸ばすために、本来は不要であるはずの薬まで投与しているのではないか。例えば、血圧の上限は130だと言われているが、本当だろうか? はなはだ疑問である。しかし、この数値を上回れば、血圧降下剤を飲まされることになる。そして、ひと度それを飲み始めると、止める訳にはいかないという話を聞いたことがある。私が病院を嫌う2つ目の理由は、あの雰囲気にある。消毒液の臭いや、患者たちが醸し出す憂鬱な雰囲気。これが嫌なのだ。3つ目の理由としては、現役時代に産業医から言われた強烈な一言である。その産業医は、ヘビースモーカーである私にこう言ったのだ。「永年、煙草を吸い続けているあなたの肺の下の方は、既に腐っている。何故なら、重力によってニコチンは肺の下の方に溜まるからだ」。いくら産業医だからと言って、そこまで酷いことを言う権利はないのではないか。

 

このような理由から、私はかれこれ10年に渡って、健康診断を受けたことがない。

 

しかし、どうしよう。病院へ行かず、このまま胸の痛みに耐え続けるか、信念を曲げて病院へ行くか。それが問題だった。熟考の末、私は病院へ行くことに決めた。

 

正月休みが明けた1月5日、私は近所の内科医院を訪れた。入口のドアには張り紙があって、「発熱、咳、痰など風邪の症状がある方は、インターホンでお話しください」と記されていた。私は、咳と痰の症状があったので、インターホンのボタンを押した。そこで、症状や経緯を説明し、その上、健康保険証の情報を細部に至るまで説明したのである。相手方の女性は、30分後にクルマで再度訪問するよう私に指示をした。クルマは持っていないと言うと「それでは暖かい服装でおいでください」と彼女は言った。

 

つまり私は、コロナ感染を疑われたのである。私はコロナに感染しているのだろうか? 私の胸の痛みの原因は、コロナなのだろうか? 私は混乱した。

 

30分後に再び、病院のインターホンを鳴らした。入室を許可され、私は、個室の待合室に通された。間もなく別の扉が開き、私は、診察室へと通された。

医師・・・どうされましたか。

 

私は、概略を説明した。医師の落ち着き払った様子に、少し腹が立った。こちらは大変な問題を抱えて、訪問しているのだ。落ち着いている場合ではないのである。しかし、私より重篤な患者も数多くいるだろうから、医師にしてみれば、いちいち右往左往する訳にもいかないのかも知れなかった。

 

医師・・・あなたが説明されたストーリーからすると、1つの仮説が成立します。すなわち、激しい咳が出て、あなたの肋骨にヒビが入っている可能性がある。

 

彼はそう言って、私の胸を軽く押した。しかし、私は全く痛みを感じない。これは困った。原因が分からなければ、治療もできない。そこで、私は検討違いかも知れないとは思いつつ、次のように言ってみた。

 

私 ・・・どのように痛むかと言うと、それはゲップが出そうで出ないときに感じる痛みに似ているんです。実際、症状が出たときに私は、コーラを飲むようにしています。すると強制的にゲップが出て、少し痛みが和らぐ感じがします。

 

医師・・・そうですか。それでは、胃酸が逆流している可能性がありますね。とりあえず今日は、胃酸の発生を抑える薬を処方しておきましょう。

 

胃酸が逆流することによって、胸が痛くなるのかどうか、私には皆目見当がつかなかった。医師は、矢継ぎ早に続けた。

 

医師・・・今日は、レントゲンと心電図を取りましょう。それから、この際、市が運営している健康診断を受けるということで宜しいですか。それであれば、無料で胃カメラを受診することができるのですが・・・。

 

市が健康診断を運営していることは、百も承知だった。頼みもしないのに、毎年、通知が来るのだ。これはほぼ、フルスペックの検診なのである。しかし、胃酸の逆流ということであれば、胸の痛みの原因が胃の不調にある可能性は否定できない。私はしぶしぶ承諾したのだった。えーい、毒を食らわば皿までだ! もう引き返す訳には行かない。覚悟を決めよう。私は自分にそう、言い聞かせた。

 

私は別室に連れて行かれ、胸部レントゲンの撮影と心電図の計測を受けた。服装を整えていると先ほどの医師がやってきて、肺にも心臓にも問題はない、と言った。私の肺は、まだ腐っていなかったのである!

 

私は9日に胃のレントゲン検査の予約を入れ、クスリの処方箋をもらって、病院を出た。すぐ隣が、薬局になっている。薬剤師が私に話し掛けてきた。先ほどの医師は、とても忙しそうだったが、こちらの薬剤師は暇そうである。私は彼に、症状の概略を説明した。

 

薬剤師・・・それはやはり、胃酸の逆流でしょうね。実は、最近増えているんですよ。丁度胸の中央あたりに下部食道括約筋というのがありまして、通常はこれが胃酸の逆流を抑える働きをしています。しかし、何らかの理由でその機能が低下すると、胃酸が逆流して食道にまで侵入する訳です。

 

私・・・胃酸が逆流すると胸が痛むのですか?

 

薬剤師・・・はい、痛みます。

 

彼は、自身あり気にそう言ったのだった。

 

私・・・その機能が低下するという原因は何でしょうか?

 

薬剤師・・・失礼かも知れませんが、多くの場合、理由は加齢なんです。

 

私は、大きく頷いた。

 

私が処方されたのは、タケキャブというクスリだった。これを飲んだ結果、5日と6日には胸の痛みは解消されたのである。しかし、7日には再発した。そして、9日に予定された胃カメラのことを思うと、私は憂鬱で仕方がなかったのである。